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伊吹嶺叢書第55篇


 上田博子句集『千年』
             

 この度、上田博子さんが、伊吹嶺叢書第55篇として句集『千年』を上梓されました。心よりお喜び申し上げます。
 博子さんの俳句への道は、栗田せつ子先生指導の「菜の花句会」に始まります。そして、そこで写生の大切さ、物に思いを託すという俳句の基本を学ばれました。その後、「菜の花句会」は解散となりますが、平成20年に「ちとせ句会」を立ち上げ、指導者となっています。常に前向きな俳句への真摯な取り組みには感嘆します。
 句集の題名『千年』は、栗田やすし先生の命名で、博子さんがお住まいの地名からとられています。句会名の謂れもここからきています。
 本句集は、博子さんが「風」に入会された平成5年から今日までの、「風」と「伊吹嶺」に選ばれた作品347句を精選してまとめたものです。
 本句集の巻頭句

  俎板の大鯛跳ねて初仕事      平成5

は、「風」(平成54月号)に初入選した1句です。博子さんらしい明るくおおらかな句と栗田先生は評しています。

 句集『千年』の第一の特色は、何と言っても吟行句が多いということです。
 先ずは、地名などの固有名詞の入った句を紹介します。

  日付無き崋山の遺書や梅は実に   平成7
  黒潮の海に真向ひ稲架組めり    平成8
  薪高く積み上ぐ伊賀の冬支度    平成12
  豆稲架の音立て乾く信濃晴     平成14
  夏雲の影濃く走る八ヶ岳      平成26

 地名などは、季語と同じで動いてはいけないと言われますが、どの句も固有名詞が活きています。これら固有名詞の入った吟行句は、句集の前半に多く見られました。博子さんの吟行句の変遷が窺え、興味を引きました。

 吟行句というと、その土地ならではの特色のある祭りやイベント・行事を詠むことが多いのですが、博子さんは違います。そういった句は、2句しか見付けられませんでした。
 では、どのような吟行句が多いのでしょうか。
栗田先生のお言葉を借りますと、博子さんの吟行句は、現地の景色を写生するだけでなく、現地の生活の真実味を捉えているとあります。

  安乗海女若布干場に藷干せり    平成11
  鮴漁の人の声立つ朝の川      平成12
  石一つ外して抜けり植田水     平成16
  岬人小女子買ひに馬穴提げ     平成22
  小女子干す手のひらひらと動きづめ 平成26


 特色のある祭りやイベント・行事を詠むことも大切です。しかし、博子さんのように、派手さにとらわれず、対象をよく見て、対象に心を寄せて、現地の生活の真実を写生する姿は大切で、学ぶべきではないでしょうか。

 この句集の第二の特色は、ご家族を詠んだ句が多いことです。栗田先生の序文を引用させていただきます。

  紅葉づれり父出征の城の萩     平成12
  退職の夫送り出す寒の晴      平成14
  草笛を吹いて童女のやうな姉    平成19
  松過ぎて母の米寿の祝ひかな    平成23
  身籠もりし事告げらるる麦の秋   平成26

 ご両親をはじめとして肉親への思いが籠った好句です。博子さんの優しい人柄が表れています。

 お母様とお姉様、そしてお兄様をなくされた折の句は、気持ちを抑えて、即物具象に徹した写生句に仕上げてあります。

  散り際の花の白さや棺出す     平成23
  侘助を最も好きな姉逝けり     平成24
  寒紅を薄く冥途へ旅立てり     平成24
  今日桃の節句を兄の身罷りぬ    平成31
  春星の潤みし通夜の路帰る     平成31


 深い悲しみを生な言葉で表すのではなく、季語に託して詠まれています。それがため読む者にしみじみと深い感動を与えています。

 最後に、博子さんと一緒に「ちとせ句会」を盛り上げられた博子さんのお姉様とお兄様の句を紹介します。(新井酔雪)

  ピーマンに初冬の艶や下絵描く  安藤清子
  蝶の来て庭の緑をかがやかす   加藤元通


       令和元年10月3


発行所:豊文社出版
発行者:石黒智子
新書版  189頁
頒価1000円  




上田博子さん近影

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上田博子
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