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天花粉 高橋佳代 (平塚市) 2022年7月
夏の湯上がりにつけるパウダーを汗疹が出来やすい母は「汗知らず」と呼び愛用していた。私も子育ての時は勿論、今でも夏には欠かせない。このベビーパウダーを以前は天瓜粉あるいは天花粉と言い歳時記にも載っている。今や絶滅危惧季語かとも思われる天瓜粉だが、夏になると思い出すエピソードがある。
定年退職後碁会所へ通うぐらいで無聊な日々を送る夫と、趣味に忙しい妻との二人だけの家庭は淡々とした毎日がただ過ぎていた。妻にとって無口で頑固な夫との仲は喧嘩する程のこともないが、なんとなく淋しさを感じていた。
妻は俳句教室に通い始めて、そこで覚えた句を台所の壁に貼っていた。ある日の夕食後その中のひとつを夫の前で声に出してみた。
天瓜粉しんじつ吾子は無一物 鷹羽狩行
新聞から目を離してきょとんとしていた夫が、ようやく意味を解した表情を見せた。そして「天瓜粉かあ、懐かしいなあ」と感慨深げに言った。「子供の頃よくお袋に付けてもらったよ」と柔らかな笑みを浮かべ、思い出話をしばらくした。もう一度「天瓜粉かあ」と呟いて食卓を離れた。
苦虫を潰したような夫が、優しい顔を見せて話をしたのは久し振りのことだ。夫にも天瓜粉を付けてもらった頃があり、母に甘えた幼い思い出があったのだ。妻は嬉しく晴々とした気持ちになった。
この夫婦の関係が急に変わったとは思えないが妻の夫を見る目に少しの変化があったことは確かだろう。
あどけない赤ちゃんの笑顔には、どんな悪人の心も和むように、たった十七音の詩が頑な心に響くことができる。それが俳句だ。とエピソードを教えてくれた詩人が最後にそう付け加えた。
(小田原の詩人 光山樹太郎氏より)
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