いぶきネット句会の会員がいぶきネット句会について書いたものです。ぜひお読みになって、興味を持たれた方はいぶきネット句会の仲間になりましょう。初心者大歓迎です。
物に託して 浜野 秋麦 (彦根) 2012年2月号
伊吹嶺の会員となって早くも一年半が過ぎてしまいました。句会に入らなくては上達はおぼつかないと気付いたものの、身近なところに句会はなく、ネット上で出会った「伊吹嶺」にはチャットの句会があり、添削指導も受けられると言うので、すぐに入会しました。
そんな動機ですから、「伊吹嶺」の俳句がどんなものかなど知る由もなく、主宰の名前は聞いたことがあるかなと言う程度でした。実際に句作して添削指導していただくとすぐに「即物具象」が出てきます。「ああ、写生ですね。物に即して具体的に」と了解すると、なんだか実況報告みたいな味も素っ気もないものができあがります。物に即していたのでは、感情はどこへ行ってしまうのだろうかと疑念が湧きます。しかし、なんと言っても十七文字の世界です。詩的感動も情景も物に託し、言葉に載せる他に術はないと頭で理解は出来るのですが実践との間には大きな溝があります。
この道一筋と言う訳にもいかず、なかなか進歩もおぼつかないのですが、やっぱり基本は「即物具象」と肝に銘じて続けていきたいと思っています。
苦吟も楽し 橋本 勝行 (一宮)2012年1月号
定年後の余暇に俳句を始め近くの結社で、句会や吟行を体験しました。その後、ボランティア活動に携わり俳句から離れていました。今では伊吹嶺のネット句会に巡り合えることが出来て俳句を楽しんでいます。
伊吹嶺は即物具象の俳句ですので、どなたの俳句を読んでもよくわかります。伊吹嶺誌が届きますと一番に主宰の句と秀峰集から読み始めます。無駄な言葉もなく省略の効いた名句が大変勉強になります。
ネット句会では投句一覧が配信されますと五句を選句して送信します。「推敲十か条」を参考に選句しますがいつも悩みます。主宰の選句と合致すればほっとします。しかし、作句となると即物具象になっているのかと苦吟をしてしまいます。苦吟をしながらも好きな俳句ですから作句の楽しみがあります。
ネット句会ではチャットの時間に同人諸氏の適切な指導をいただけ勉強になりますが、最近は会員が増加して時間が不足気味になりました。時間を増やすなりして全句にコメントを頂けるなど、内容の充実を考えていただけたらと思います。
伊吹嶺と私 岡田 佳子(京都)2011年12月号
二年前の秋、ネットで添削をして頂けるサイトはないかと検索していた時、「伊吹嶺」に目が止まりました。
というのも丁度その時、雪の伊吹山の絵を描いていたからです。
早速「伊吹嶺」を開いてみると、今まで検索したどのサイトよりも充実した内容で、随所に細やかな配慮が見られ、運営されている方々の熱意がひしひしと伝わってきました。
(選者の先生方のお写真が掲載されているのも「伊吹嶺」だけかもしれません。)
年末に娘のお産を控えていましたので入会させて頂くのは半年後になりましたが、その間「伊吹嶺」を訪れ、添削コーナーや句会の講評、公開されている中日俳句教室講義録で勉強させて頂いておりました。
入会後は同人の先生方から期待以上の懇切丁寧なご指導を受け楽しく勉強させて頂いております。
今年再版されました主宰の句集「伊吹嶺」の帯に「長良川の土堤から眺める雪の伊吹嶺は最も美しい」とありました。是非この美しい雪の「伊吹嶺」を見てみたいし、絵にも描いてみたいと思っております。
心たがやさん 都留 百太郎(横浜)2011年11月号
俳句上達を願って色々と結社を当たっている時、インターネットで偶然「伊吹嶺」を見つけた。まずその主旨の鮮明さに一驚した。初めて見聞する即物具象の言葉。良くはわからぬが「即物具象」を目標として掲げているのは、それだけ確信している事の証だ。
ルールにはそれなりの意味がある筈だから。 栗田主宰の『現代俳句考』を求め、「中日俳句教室」の講義録を読んだ。そして内容の立派さは勿論だが、栗田主宰の沢木・細見両先生に対する深い尊敬の念が行間より察せられ、それだけで主宰のお人柄が分かった。私は傘寿になるが、こんなに師を大事に扱う人をいまだ見たことがない程すばらしい。こんな主宰をいただく結社ならと仲間入りをお願した。これから即物具象の勉強をしたいと思います。
鈍だけれど諸先生、諸先輩がたのご指導宜しくお願いします。また大勢の仲間の皆さんもご指摘注意など宜しくお願いします。内面の進歩を感じながら生きるそんな人生を夢見ています。
熱帯日が続いていますが皆様くれぐれもご自愛くださいますように。
一年を振り返って 荒川 英之(半田)2011年10月号
「伊吹嶺」に入会して、ちょうど一年が経過しました。改めて振り返ってみると、悩み多き一年だったように思われます。
誌上やインターネット句会で心打たれる句に触れると、心から感心し、自分の句が褒められれば素直に嬉しいと思いました。
その反面、句ができなければ憂鬱になり、句材さえ見つからない日々が続くと、さらに陰鬱な気持ちになりました。 教師という職業に似て、「やっていてよかった!」と思う瞬間に比べ、苦しいときの方が私には多かったように思われます。
しかし、最近は、これからの長い俳句修行を思い、句ができたとか、できないで一喜一憂するのはやめようと思えるようになりました。ちょうど、中学三年生の生徒たちに一学期の通信簿を渡したとき、「成績で一喜一憂しないように」と話したことが、そのまま自分にも当てはまったようです。
今後も、「伊吹嶺」の一員として、粘り強く勉強を続け、「写生」の体得に努めていきたいと思います。
基本を考える 東口 哲半(京都) 2011年9月号
ネット句会に入会して二年目を迎えました。戸惑う日々は続きますが、最近、俳句を全く知らなかった私が、「伊吹嶺のどこに魅力を感じて入会したのだろうか」そんなことを考えます。たとえば、入会時からの自句を着物姿にたとえて振り返ってみますと・・・
入会当初は、スニーカーにレトロな着物を合わせていた様なもので、訳の分からないまま自分だけが納得していました。今も相変わらずで、引っ付け帯のような季語になっていたり、抜き襟が過ぎるような句で気取っては出来たと思い込んでいます。基本の理解不足が、おかしな調子を繰り返してしまいます。
こんなたとえですが、私が入会時に魅力を感じた部分が少し浮かんできました。それは、伊吹嶺のホームページに『日本の伝統詩としての俳句を若い世代に正しく伝えることをめざす』と書かれてあることです。伝統的なことを正しく学ぶのは、いいお手本があっても簡単に身に付くものではありませんが、基本を繰り返すことで、少しずつ積み上げられるだろうと思っています。あせらず、かつ真剣に取り組もうと思っています。
楽しく勉強になります 戸田ただし (春日井)2011年8月号
五月のネット句会が昨日終わった。顔や声は見聞きできないが、楽しい句会です。
昨夜の句会で「豌豆の・・・」の句が「伊吹嶺」五月号に載っていますと書いたら、よく読んでいるとお褒めいただきました。実のところ岳人さんの句会に参加するようになって、毎月十句の同人さんの写生句を選ぶことが義務付けされ、以前より真剣に「伊吹嶺」を読む習慣が身に付いた賜物です。結社に席を置く者には「伊吹嶺」が最高の教科書ですね。
もうひとつはPCプリンタを使わずに句会情報をすべてノートに手書きしています。とても大変ですが書くことのメリットが大きいのを体験しています。伊藤旅遊さんのコメント、作者名、誰がどの句を選んだか、どのような意見が出たかなど、どんどん書き込みます。二冊目のノートになりました。旅遊さんの文法上のご注意は俳句初心者で英語と古文大嫌いの私にとって、とても参考になり、俳句講座を受講しているようで、感謝いたしています。むろん同人さんの添削にも深く感謝いたしております。
鑑賞の難しさと魅力 有井真佐子(広島)2011年7月号
インターネットでの俳句は、会員の方々が広範囲にお住まいの為、その地方独特の祭事・風習・風土などの句を詠まれた場合、佳句を深く鑑賞できずにいる事があります。そんなとき、伊吹嶺の俳誌で「ネット仲間の俳句散歩」が毎回掲載されていて、それを読むことで、百パーセントとはいきませんが、詠まれた俳句に近づき鑑賞させて頂く事ができます。
私ごとですが、「被爆ピアノ」の事を詠んだ時、チャットで「被爆ピアノとは何ですか?」と問われ、十七文字で表現する俳句の難しさを改めて痛感しました。私も「吊り仏壇」の句を伊吹嶺誌で読んだ時、お仏壇が吊ってあるのだと想像出来ましたが、実際に見た事はなく大変驚きました。後日、同人さんが海津の輪中と言われている地域を「ネット仲間の俳句散歩」に執筆されており、「吊り仏壇」は海抜が低い地域の風土で生まれた日本人の知恵だと知る事が出来ました。ネットでの俳句は他の地域の珍しい祭事・風習など居ながらにして触れる事ができ、鑑賞の難しさと同時に魅力をも持ち併せています。
六年半 北村美津子(名古屋) 2011年6月号
以前、伊吹嶺のホームページには現在の物とは別の「添削コーナー」が置かれていました。投句すれば添削していただけるというものでした。
それを夫が見つけ出し、滅多にパソコンに触れない私に勧めたのです。私は気楽に投稿してみたのですがその無茶な句に先生を困らせたようでした。
一ヶ月に満たない頃、そのコーナーは閉じられることとなり、「いぶきネット句会」が立ち上げられたのです。「ネット句会で一緒に学びませんか」と声をかけていただき、これもまた難しく考えず即手続きを致しました。二〇〇四年の十月でしたからもう六年半も前のことです。以後は俳句が出来ないことに悩み続けています。
突如二〇〇六年夫を亡くしました。今となっては、俳句は私の支えとなりました。続けてこられたのは先生方や句会の皆様の励ましのおかげです。インターネットでの句会、その準備や維持がどれほどたいへんなものか、係わって下さっている先生方に、いつも感謝しております。
ことばの歳時記 梶田 遊子(名古屋)2011年5月号
まだ俳句を本格的に始める随分前に、金田一春彦著の「ことばの歳時記」という文庫本(新潮文庫)を購入した。この本は一日一ページの単位で、日常使われている一年分の言葉の意味や由来などを認めた書物である。四季を楽しむことに加え、旅や転勤などで各地の文化に触れることの好きな私にとってお気に入りの教養書であった。俳句を初めてからは手にすることのなかった本であるが、今年の元旦から改めて毎日読み出した。俳句の生命は季語にあるが、その意味や内容を理解する上でも大変参考になる本であることを改めて痛感している。
例えば、一月六日に「ゆずりは」に関する記述がある。
正月のおめでたい葉で縁起が良い葉とされているが、その理由に「ゆずりは」の「ゆずり」は、親が子に代をゆずるという意味で、古い葉は新葉が十分成長した時分にポトリと落ちていくからだとある。こういう事を知るだけでも季語に大きな膨らみができて、俳句を詠むことが楽しくなってきた。まだ、読まれていない方には是非お薦めしたい良書である。
アヲハタ 鈴木 未草 (知多) 2011年4月号
ジャムの会社「アヲハタ」を、ネットで検索しても出てこないのです。「アヲ」ではなく「アオ」で検索していたからです。この古風な社名はいつからあるのか知りませんが、私が難儀している古語の「青」のようです。
青(あを)甥(をひ)顔(かほ)笈(おひ)奥(おく)
このような仮名遣いの違いは、もともと発音に違いがあったのでしょうか。昔の人の発音を聞いてみたいものです。
あれこれ国語辞典をひっくり返しているうちに、大発見をしました。それには法則があったのです。漢語の場合は「○う」和語の場合は「○お」となるのです。例えば、
行李(こうり)、灯篭(とうろう)、王妃(おうひ)、
氷(こおり)、通る(とおる)、大きい(おおきい)
などです。そして、この「お」は、旧かな遣いでは全て「ほ」となり、
氷(こほり)、通る(とほる)、大きい(おほきい)
となります。大発見と思いましたが、みなさんは、とっくにご存知かもしれません。いずれにしても、日本語は奥が深く、面白いです。
伊吹嶺に入会して 荒川 英之 (半田) 2011年3月号
私は「子規歌集」を読み、そのわかりやすい点に興味を持って短歌を作り始めました。それが大学生の頃だったと思います。それから、最近になって俳句を始めたのも、やはり正岡子規の影響で、高濱虚子がとても褒めた、
蝉始めて鳴く鮠釣る頃の水絵空
という句にとても感動したことがきっかけでした。
本格的に俳句を勉強したいと思い、二十二年八月に「伊吹嶺」に入会させていただきました。インターネット句会で自作の句を見ていただき、自分の句がひとりよがりの句になっていることに気づかされることが多くあります。また、添削では、自分でつまらないと思われるような句でも、熱意をもって丁寧にご指導いただき、とても感謝しております。
いろいろと迷う時期もありましたが、そのような時も、栗田主宰に励ましのお言葉をいただき、今後も、長く「伊吹嶺」で頑張っていこうと思えるようになりました。
「伊吹嶺」の諸先輩方、今後ともどうぞよろしくお願いいたします。
句作と生活 高橋 幸子(北佐久)2011年2月号
いぶきネット句会に入会して早四年。投句への手厚いご指導・添削に、いつも頭が下がります。「写生俳句」の真髄を教えてくださる熱意にも圧倒されます。「新鮮な発想・発見、更に観察を深めると良い」「情景がもっと良く読み手に伝わると良い」「俳句向きの句材でない場合は、潔く捨てることも必要」「説明・報告の句になっている。物を見つめて写生を」〜ここ二ヶ月のご指導です。
家族の看取りや介護に追われる日々が続くこの頃。慌ただしく流してしまっている生活態度を振り返る良い機会にもなりました。
「感動を生んだ対象をじっくり見つめ、具体的な物や情景を通して韻文化する」伊吹嶺の句作態度は、主観に流されず、客観的に物事を深く見つめる生活態度にもつながりますね。
栗田主宰の講義を、居ながらにして目の当たりにできる「中日俳句教室講義録」、チャットの欠席届け配信後にすぐ届く励ましの言葉、星空へのお誘いのメール、各地から届く便り等々、俳句の学習以外にも、生活に広がりと潤いをもたらしてくれるネット句会に感謝です。
子規庵 河合信子(東京)2011年1月号
東京の台東区根岸に正岡子規の住居を復元した「子規庵」があります。「訪ねたことがある」という方も多いと思います。庭には四季折々の花が咲き、ボランティアの人達がとても大切に守ってくれています。私が子供の頃暮らした根岸の佇まいが子規庵界隈には感じられて、懐かしくて時々訪れます。子供の頃は「子規」のことも知らず、ただ家も庭も荒れていた記憶があります。線路が近くて越してきたばかりの子規は電車の音に悩まされたそうです。河東碧梧桐も近所に住んでいたそうです。
子規忌の催し等に参加し、たくさん並んで貼られている投句の短冊に刺激されて俳句に興味を持ちました。あらためて子規の句を読むと根岸で詠んだ句がたくさんあり俳句をとても身近に感じました。子規庵は私が俳句をはじめた原点でもあります。
ネットで「伊吹嶺」に出会い、ネット句会のお仲間に入れて戴き、文法に躓きながら数ヶ月経ちました。チャット上での皆様の活発なやりとりに圧倒されながら勉強させて戴いております。とても刺激的です。
伊吹はどこに 浜野 秋麦(彦根)2010年11月号
私の作句経験というと、長い間、年賀状に添え書きするためだけのものでした。なにか気の利いたものはできないかと思い付いたのが「俳句」でした。歳時記を買ってきて新年の部から適当な季語を見繕って、例句を参考に拵えておりました。そんな状態ですから上達するはずもありません。そんな時に、何かの本で「俳句は座の文芸である」というのを読みました。なるほど、たった十七字の中に感動を盛り込むためには、約束事も技巧も必要なことでしょう。そうしたことは仲間があってこそ身に付くのであろうと合点しました。しかし、参加できるような句会も見つからずにいましたところ、ネットで伊吹嶺に出会い、ネット句会を知り、すぐに入会させていただきました。毎月の合評会と同人の方による添削を楽しみ、はげみにしております。 入会してから知ったのが、「伊吹嶺」の本拠地は名古屋、東海地方だということです。当然、伊吹山を地元の山と思っておられる事でしょう。私の住んでいる滋賀県の者は伊吹山は近江の山であると疑いもなく思っています。これも立場の違い、見方の違いでしょうか。
俳句と絵 岡田 佳子 (京都) 2010年10月号
三月にいぶきネット句会に入会して、「伊吹嶺」の俳句の基本は「即物具象」だと知りました。それは「俳句は対象を言葉で写生をし、写生を通して感動を伝えることが大切である。そして説明を避け、物に感動を託して表出する」と説かれていました。ふと以前これと似たようなことをメモしたことを思いだしました。
十年ぐらい前から日本画を習っているのですが、そのメモ帳に「写生は数多く描き、それを資料に小下絵も数多く描くこと。そして草稿(実寸の下絵)は説明的にならないよう、自身の形や想いを探りながら表現する形を考えて描かなければならない。写生をしたままでは絵にならない」とありました。
俳句も絵を描くことに似ているところがあるように思いました。しかし、未だに写生をしたままのような絵を描いていることに気づき、その難しさも再認識しました。「即物具象」も難しいと思いますが、いぶきネット同人の方々の懇切丁寧なご指導の下会員の皆様と気長に楽しく俳句を勉強していきたいと思っております。
美しい日本語の魅力 棚橋さとし(堺) 2010年9月号
この句会に参加させて頂くようになって三回目の投句を迎えました。入れて頂いて当初はドキドキものでしたが先輩諸氏のご指導と雰囲気作りに知らない内にのめり込んでしまいました。そして拙い句においても丁寧に添削をしてくださり、毎回良い勉強をさせて頂いています。
句会に参加させて頂いている中で感じたこと、それは「日本語の美しさ」です。「言葉の美しさ」これは日本語にしかないものと思っています。日本語が崩れている昨今、一七文字しかない中に雄大な宇宙を感じることもあり、そして描けるものなら絵筆を握って心に染みるすばらしい日本の風景をキャンバスに描いてみたくなります。俳句の絵筆は鉛筆やボールペンであって、キャンバスは短冊ですね。
主宰の説かれる「即物具象」の考え方と、写生するという方法は難しい課題です。事物をどのように切り取るか、鑑賞して頂いている皆さんにどのようにお伝えするかなど物の見方を大胆に、そしてある時は細やかにして頑張っていきたいと思う今日この頃です。
知らなかった俳句の世界 東口 哲半(京都) 2010年8月号
私はロードバイクというタイプの自転車が好きで、休日には、京都の貴船や美山方面へと自然を感じながら走ることがあります。市内の雑踏から遠ざかるにつれ、鶯の鳴き声や鮎釣りをしている川、かやぶきの里といった風景が広がってゆき、「今、感じたことを何とか残せないものか」という思いから俳句に興味を持ち始めました。そして、インターネットで検索していくうちに「伊吹嶺」を知るに至ったのです。
伊吹嶺のホームページには、いろいろな活動の様子が書かれていたり、講義録が一般の方にも見られる形として公開されていたりと、俳句を全く知らなかった私にとって、俳句の世界を知り、こんな俳句が作れたらと強く思える場でありました。入会してまだ数ヶ月ではありますが、ネット句会では、同人の方々がその都度、言葉を変えながら「伊吹嶺の句」を示して下さいますので、脱線を繰り返しながらも、地道に「伝統的な俳句」を勉強させていただいております。当面の目標は、きちんとした形の写生句が詠めること。そして、楽しみながらじっくりと学んでいきたいとも思っています。
ネット句会で学んだこと 戸田 忠 (愛知) 2010年7月号
この句会に参加させていただき、四回目の句会を終えました(四月現在)。遠くの面識のない皆さんと、普通の句会と同じような雰囲気で、投句、選句、披講が体験でき感謝しています。六十七回の実績は誇っても良いと思います。
とくに同人のみなさん方のこの句会を支える熱意にはたいへん驚きました。まるで伝道士のように感じられます。即物具象を重んじた写生句に徹した指導には、いまも悩み苦しんでいます。沢木先生の『俳句の基本』という本を買い求め、読んではいますが、作句の段階では作ることをのみに気をとられて写生を忘れています。遅々ですが写生の大事さを学んでいます。
選句が大事ということも学びました。この句会では名前なしの投句画面から、選句しますと選句一覧が送られてきます。栗田主宰の選句結果の後、名前ありの選句一覧が送られてきます。誰がどなたの句を選んだか、一目で分かります。いつも主宰、同人の方々が選んだ句を落としています。「選んだ句を見れば実力が分かる」と言われますが、その通りだと、つくづく思い知らされます。今後は句の通読から熟読に努めなければと反省している次第です。
インターネットと俳句 有井真佐子(広島)2010年6月号
パソコンが我が家にドーンと居座り、終日主人が使っている訳でもなし、情報化時代にこの文明の利器を遊ばせておくのは勿体無いと好奇心の強い私は、怖さも知らず無料体験とかを利用しながらパソコンに触れて居りました。平凡な主婦の好奇心が幸をなしたか、この事がインターネットホームページ開設誌「伊吹嶺」に出会えるきっかけになりました。
インターネット用語「チャット」は、この歳になり初めて知り、句会がこれで行われるなんて驚きでした。伊吹嶺誌で栗田主宰が即物具象の写生を噛んで含める様に教えてくださっているにもかかわらず理解できていなく、文語文法の大きな壁も立ちふさがり四苦八苦しております。
主宰による直接の御指導は遠方の為なかなか受けられませんが、旅遊さんから毎月配信される「中日俳句教室レポート」で学ばせて頂く事ができ、ネット句会では国枝部長さんほか担当同人の皆さんのきめ細かい御指導で、皆様に支えられ学ばせて頂き感謝致しております。
チャットと私 森田もきち (千葉) 2010年5月号
いぶきネット句会に参加した時は、チャットについては何にも知りませんでした。それでも当時はチャット終了後に同人の方から合評会のメモが配信されてきましたので、チャットに参加していなくても句会の様子は十分知る事が出来ました。所が途中でメモが廃止になり途方にくれたところ、同人の方よりチャットの操作方法につき懇切丁寧なご教示があり、それ以来チャットに参加できるようになりました。なお選句の場合、メール画面からインターネット画面へ同じデスク上でコピーする方法も教わりました。
チャットの際は、あらかじめ配信された投句一覧表の各句の行間を二行ほど開けてプリントします。この行を開ける操作が簡単にできるのもパソコンならではの事で改めて感心しています。此処に感じたこと、わからない事、疑問点などを記入しておき、チャットでの皆様の考え方を追記していきます。チャットは声が聞こえないため、御批評は相当きつく感じますが、この頃は皆様方の温かいお気持ちが感じられるようになりました。
ネット句会の全国性とその魅力 梶田 遊子(名古屋) 2010年4月号
現在、ネット句会の会員は、同人の方を含め関東地方から沖縄地方まで幅広く居住しております。句会では毎月投句される約90句を選句し合評していますが、選句での苦労に仲間の地域における季語、言葉、固有名詞を理解することがあります。公私にわたり各地へ出かける機会の多い私ですが、やはり知らない事が多く、十分理解できないまま仲間の佳句を選から漏らすことが多いのです。
しかし、合評会などでご本人や同人の方から教えられて理解を深めるのも、またネット句会の魅力であると感じています。これまでの具体例として、まず季語については特に沖縄の方しか詠めない季語があり、「うりずん」「ハーリー」などがあります。また、その地域で使われている特有の言葉では「林檎園、葡萄棚(信州)」「ままかり(瀬戸内)」「被爆川(広島)」「やんばる(沖縄)」などが、固有名詞では「筑波」「神島」「四万十川」などが記憶にあります。メディア等で調べても実感できないため、想像や句会での理解とはなりますが、着実に自分の知識は深まっており、この句会を楽しんでおります。
季語をかじる 鈴木 未草 (知多) 2010年3月号
俳句を始めて最初にぶつかったのが「季語」でした。五・七・五に収めるだけでは、俳句にならない。「季語」というものが入るようです。そこでさっそく書店に寄り、一番簡単そうな、薄い歳時記を買いました。
頁を繰りますと、四季に分けられていて、それがまた、「時候」「生活」「動物」「植物」などに細分されていました。季節を表す言葉がこんなにもあるものかと思いました。初めて目にする面白い表現もありました。「魚氷に上る」「山笑ふ」「蛙の目借時」「卯の花腐し」など。反対に、ブランコは春で、縄跳びは冬、レースは夏で毛糸は冬など、身の回りの何げない物や事柄が季語として成り立っているのもちょっと驚きました。こんな薄い本ですが、中身は小宇宙のようです。
その後、いぶきネット句会に出会い、歳時記は通勤バッグにも旅行鞄にも入れて置くようになりました。しかし、自分の句に使った季語はほんの僅かです。「季語が効いている」「季語が動かない」という言葉をよく聞きますが、そこまで至るために、いろいろな季語を熟知し、もっと深く理解しなければと思っています。今後ともよろしくお願いします。
添削を受ける楽しみ 橋本 勝行 (一宮) 2010年2月号
伊吹嶺に入会して一年半経ちました。パソコンが不慣れの為先輩に教えていただきながらチャットに挑戦しています。 「伊吹嶺」のめざす「感動を物に託して詠む即物具象」にかなり慣れてまいりましたが、報告句や独りよがりの句が多いと自戒しております。ネット句会に投句する前に、数十句の中より五句選び自分では上出来と思っても、選句一覧を受信して皆様の俳句を拝見しますと自信喪失します。チャット後に同人のお方が添削して下さいます。同人の方々の添削を楽しみに待っています。
添削の指導の中で、例えば
○俳句に主観を持ち込まない、○季語が付きすぎです、○句作りの三原則は「はっきり」「すっきり」「どっきり」です、○使ってほしくない言葉として、「飛行雲、万歩計、露天風呂、無人駅、過疎の村、一人旅」など。
以上のようなご指導をうけました。そして、句作りするときは上記の至言を念頭に推敲しています。ネット句会の選句をするときに、感動は何処にあるのかを基準に選んでいますが、選句の能力の向上にも日々努力しています。
大井谷棚田 井上 梟 (広島) 2010年1月号
棚田百選にもなっている島根県の西端に位置する大井谷の棚田を見に行った。運がよければ山際に烏瓜が熟れているはずだ。秋の取り入れは早く、この時期の棚田は全て刈田になっている。
棚田の道をゆっくりと登っていると、犬に見つかってしまった。犬の鳴き声は大井谷に響き渡り、豆の収穫をしていたおばあさんが、腰をさすりながらしばらくこっちを見ていた。会釈をするほどの近さではない。
烏瓜を探した。烏瓜の葉はあるものの実がついていない。半ば諦めていたとき、瓜坊のような縞のある青い実がふと目についた。一度目につくと次々と見えてくる。赤、赤、赤と思っていたので気付かない筈だ。
急に足元からバタバタと鳥が飛び出した。この音にびっくりして思わず両手を縮めた。草の茎を急いで這い上がる音がして頬白が飛び出した。何だ、お前たちか。
キバナアキギリ、アキノタムラソウ、アキチョウジ、ミゾソバ、ボントクタデ、ゲンノショウコ、アキノキリンソウ、そして芋水車にも出合った。
犬はぼくが大井谷を下りて行くまで鳴いていた。
人気なき棚田の裾の芋水車 梟
苦手な文法 関野さゑ子(秦野)2009年12月号
ネット句会に入るまで、俳句の文法など考えたこともなかった。
最初に苦労したのは旧かなである。子供のころ蝶のことを、「てふてふ」と書くのだと聞いたことはある。句作りの一語一語に注意を払うが間違ってしまう。その後電子辞書で確かめるようになって、旧かなは解決することができた。その次は連体形と終止形が解らず、ことに出句する前は質問する訳にもゆかず困ってしまうが、それも電子辞書で解決することができた。
例えば「占める」を電子辞書でひくと、(文)し・む(下二)と出てくる、連体形にしたい時は占むると記す。終止形にしたい時は占むと記す。それから「え」と「ゑ」の使い方が解らなかったのだが、や行は「え」わ行は「ゑ」であると教えていただいた。助詞の使い方も難しく、間違うと句意も違ってくる。
投句した句に間違いがあると、合評会(チャット)前に指摘して下さるのが大変勉強になる。苦手な文法だが句作りには不可欠である。これからも一つ一つクリアしてゆきたい。
蝸牛のように 山本 空木(福 岡)2009年11月号
作句の時は楽しく作っているのですが、出来と言えばあまり芳しいものとは言えず、伊吹嶺俳句の目指す即物具象とか、写生とか、自分なりには理解しようと懸命ですが、いざ句にするとなるとなかなか難しく、うまく表現できないというのが実情です。
そういう自分ですので、チャットでの句会で、自分の考えを積極的に表明することが出来ず、皆様のご意見を逃すことなく懸命に読み取っては勉強をしています。
チャットでの句会で、自分の句が取り上げられる時には、皆さんが私の目の前におられる様な錯覚に陥り、これでは皆さんについて行けないのでは落ち込んでしまうことがあります。しかし同人の方からの添削の返って来るのを心待ちにして、それをよく読んで句の推敲をしています。こんな事の繰り返しで一年三ケ月が過ぎました。
これからも蝸牛型で頑張って行こうと思っています。
ネット句会に学ぶ 高橋 幸子(北佐久)2009年10月号
「なるべく平明な言葉で、しかも深く詠みたいですね。」「俳句は韻文です。意味合いも大切ですが、調べや切れをより大切にしたいですね。」「擬人化はなかなか成功しません。見たもの、感じたものを素直に写生した方が、そこに一枚の絵が生まれ、そこからイメージが膨らみます。」等々、添削ご指導の一節です。
投句した五句全ての添削指導を、的確な言葉で丁寧に送信くださる同人の方々。主観的で独りよがりの拙句が、添削ですっきり変身するのは驚きです。
入会して三年目ですが、チャットはもちろんのこと、旅遊さんから毎月配信される「中日俳句教室レポート」、ホームページの「添削コーナー」などからも、伊吹嶺俳句の真髄を少しずつ教えていただいています。次第に、写生俳句の奥深さも感じられるようになってきました。同時に推敲の視点も見えてきました。
寄合句会の座が身近に無い私にとって、「いぶきネット句会」で居ながらにして学べるのは、大変ありがたいことです。
ネット句会で学んだこと 梶田 遊子(名古屋)2009年9月号
ネット句会では、毎月同人の方に懇切丁寧な添削指導を頂いています。この内容は、作句・推敲が重要なポイントとなっております。これまでのご指導の中から、特に私が心がけていることを紹介します。
@文語文法の不勉強と難しさ・・・理科系出身の私にとって、文語文法の不勉強は俳句の成否に致命的でした。特に旅遊さんの指導は大変勉強になり、推敲や投句の前に電子辞書でチェックを怠らないようにしております。
A季語に対して神経を使う・・・「なぜこの季語なのか」とか「季語と他の表現が付きすぎ」との指導も多くあります。やはり、歳時記をもっと読み込むことと句会や伊吹嶺誌における良句をよく味わう努力が重要です。
B固有名詞の詠み込みは慎重に・・・旅や自然を探勝することが好きなので、地名とか固有名詞を安易に使っていました。確かに一句の中に季語と固有名詞を入れることは伝えたいことを表現できてない場合が多いのです。
まだまだ、勉強することは多いのですが、数多くの良句に触れながら、「俳句推敲の十箇条」に留意して、相手に理解される句を多く、楽しく詠みたいと思います。
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