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選句結果
     
第307回目 (2025年7月) HP俳句会 選句結果
【  松井徒歩 選 】
  特選 アマンドの角に人待つサングラス 康(東京)
   定年の無き農に生く炎天下 雪絵(前橋市)
   能面のかそけき笑みや沙羅の花      みのる(大阪)
   梅雨晴れや駿河の海の耀へり 水鏡(岐阜県)
   大めばる酒たつぷりと甘辛く 梦二(神奈川県)
   藻の花や素足くすぐる瀬の流れ 粗稲沖(埼玉県)
   はからずも同じ香水恋敵 ようこ(神奈川県)
   山笠にバケツもて掛く力水 かれん(春日部市)
   星涼し漁火遠く日本海 まこと(さいたま市)
   円虹や女人高野に釈迦如来 近江菫花(滋賀県)
【  関根切子 選 】
  特選 あつさりと見抜かれし嘘ソーダ水 康(東京)
   アマンドの角に人待つサングラス 康(東京)
   夕焼に染まる公園紙芝居      みぃすてぃ(神奈川県)
   紫陽花や息のきれいな子供たち 大原女(京都)
   定年の無き農に生く炎天下 雪絵(前橋市)
   祈るごと幹に縋れる蝉の殻 みのる(大阪)
   幼子の髪に蛍火乗せ来たり 粗稲沖(埼玉県)
   山笠にバケツもて掛く力水 かれん(春日部市)
   人混みの四万六千日の風 かれん(春日部市)
   星涼し漁火遠く日本海 まこと(さいたま市)
【  玉井美智子 選 】
  特選 能面のかそけき笑みや沙羅の花 みのる(大阪)
   建て替への話聞きをり夏燕 雪絵(前橋市)
   祈るごと幹に縋れる蝉の殻      みのる(大阪)
   面接の沈黙長く扇風機 鷲津誠次(岐阜県)
   青梅雨や岩間を白き水一縷 美佐枝(千葉県)
   あるもので足りる生活や胡瓜もみ  生活(たつき) 石塚彩楓(埼玉県)
   山風をリュックに入れて夏帽子 石塚彩楓(埼玉県)
   絵日記に膨らんでゆく西瓜かな 麻里代(和歌山市)
   稜線へ長き急登雲の峰 蝶子(福岡県)
   ハンカチにうつすら残る妣の名前 小豆(和歌山市)
【  国枝隆生 選 】
  特選 大夕立ドームまるごと洗ひけり 筆致俳句(岐阜市)
   あつさりと見抜かれし嘘ソーダ水 康(東京)
   こいさんの話途切れて祭笛      百合乃(滋賀県)
   一天の紺一村の青田かな 原 洋一(岡山県)
   能面のかそけき笑みや沙羅の花 みのる(大阪)
   祈るごと幹に縋れる蝉の殻 みのる(大阪)
   藻の花や素足くすぐる瀬の流れ 粗稲沖(埼玉県)
   あるもので足りる生活や胡瓜もみ  生活(たつき) 石塚彩楓(埼玉県)
   絵日記に膨らんでゆく西瓜かな 麻里代(和歌山市)
   句碑に添ふ水の揺らぎや花菖蒲 蝶子(福岡県)

(各選者の特選は2点・並選を1点として計算し、最高点の方を最多入選賞といたします。
同点が3名以上の場合は該当者無しとさせて頂きます)

今月の最高得点者は、みのるさん(大阪)でした。「伊吹嶺」7月号をお贈りいたします。おめでとうございます!

【講評】


     2025年7月伊吹嶺HP句会講評        松井徒歩

沢山の御投句ありがとうございました。

1	人知れず過疎の公園鯉のぼり

いつのまにか人が訪れなくなった公園という意味でしょうか。公園に「過疎」という言
葉が似合わないような気がしましたが。季語はうまく収まっているように思います。

〈国枝評〉公園に過疎という言い方はあるのでしょうか。

2	遠蛙布団干してる補植なり

補植の木に布団が干してあるという景でしょうか。俳味のある句ですね。季語も目前の
景とよく合っていると思います。

3	あつさりと見抜かれし嘘ソーダ水

 男女の人間関係の句だと思いますが、季語から察するに気の置けない良い関係のよう
ですね。

国枝隆生氏評================================

ウイットに富んだ面白さがある。ソーダ水と嘘の取り合わせがユニーク。

======================================

4	アマンドの角に人待つサングラス

六本木の洋菓子店でしょうか。店内の喫茶ではなく外の角で待つというのが絵になりま
すね。

5	夕焼に染まる公園紙芝居

夕焼けでしたら「染まる」は省略できるように思います。句の焦点を公園ではなく紙芝
居に移してはどうでしょうか。

6	空蝉やまだ濡れてゐる羽根の音

羽化した直後の蝉を上手く表現していますね。

7	紫陽花や息のきれいな子供たち

 「息のきれいな」は面白い感覚ですが、目に見えてこないのがもどかしいです。

8	夏の行くときどき髪をかき上げて

 「夏の行く」は「夏野行く」の変換ミスでしょうか。それとも「行く夏」のことか?
 髪をかき上げるのもどういう仕草なのかよく分かりませんでした。

9	声高し実習生の汗光る

 活気のある句ですが、上五と下五が共に終止形ですので、「声高し実習生の汗光り」
などどうでしょうか。

10	無人駅母の故郷立葵

 三段切れですが、「立葵母の故郷の無人駅」とすれば三段切れは解消します。

〈国枝評〉名詞だけの三段切れにリズム感が悪い印象を受けました。

11	すててこや昭和も遠くなりにけり

 「や」「けり」も含めて草田男の本歌取ですね。ここまで堂々とやられると喝采を送
りたくなります。

〈国枝評〉中村草田男の有名句もありますが、やはり我々は「や」「けり」の強い切れ
のダブりは避けたいと思います。

12	噴水を占めて烏の乱舞かな

 鴉の傍若無人振りがが目に浮かびます。

13	蛍狩帰りは父の君何日再来ホーリージュンザイライ

残念ながら私の手には負えません。

14	こいさんの話途切れて祭笛

どのようなこいさんなのか興味が湧きます。

国枝隆生氏評================================

「こいさん」と「祭笛」の取り合わせが面白い。祭りの臨場感と都会風な雰囲気が
マッチしている。

======================================

15	一天の紺一村の青田かな

「一」	のリフレインの歯切れがよいですね。

国枝隆生氏評================================

大景の把握がよかった。村中、青田に覆われている明るさが見える。同色系の「紺」
と「青」の取り合わせも成功している。

======================================

16	白のユトリロ青のシャガール砂日傘

 冒険句ですね。

〈国枝評〉砂日傘からの発想だろうか。ユトリロとシャガールへの発想が面白い。二人
の絵を見た人なら、誰でも納得するのではないか。

17	定年の無き農に生く炎天下

炎天下で生涯現役を宣言している姿が素晴らしい。

18	建て替への話聞きをり夏燕

 毎年来ている燕も、次の夏までに新築がなっていないと困ってしまいますね。

19	老翁の端居に移すミステリー

 今まで読んでいた場所から端居へと場所を移りミステリー小説を読んでいる、という
ことでしょうか。場所を移したことがミステリーとも読めて、「移す」という動詞が?
でした。

20	合歓の花むかし綿打つ小屋在りし

 今はもうない綿打ち小屋への郷愁が合歓の花の柔らかな姿と重なりますね。

21	能面のかそけき笑みや沙羅の花

 能面の笑みという感覚に、実のある季語が相まって詩情が膨らんだように思います。

国枝隆生氏評================================

能面の表情は見る人によっていろいろ考えられる。能面に笑みを感じることは多い。
その笑みと「沙羅の花」の取り合わせに納得感がある。

======================================

22	祈るごと幹に縋れる蝉の殻

 抜け殻の儚さに「祈るごと」という比喩が上手く重なっていますね。

国枝隆生氏評================================

空蝉が木や葉に止まっている様子に「祈る」様子はよくあるかもしれないが、忠実な
写生。

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23	大瀑布お不動さんの炎を消しさう

 不動明王の火炎光背に滝の飛沫が掛かっているのですね。

24	梅雨晴れや駿河の海の耀へり

 国名の駿河が効いていますね。富士山の姿も見えるようです。

25	老鶯のさえずり添えて朝ご飯

 鴬のきれいな声を聴きながら美味しく朝食をたべた、という句だと思いますが、
「添えて」は他動詞で、誰かが鶯の声を添えたかのようですので不自然に感じました。

26	渚まで駆ける裸足に夏の海

 「に」ではなく「や」として切れを入れたほうが良いように思います。

27	「々脚(おどりあし)」遺しがゞんぼ庭の闇

 「々脚(おどりあし)」ですが、ネットで検索しても分かりませんでした。

28	大めばる酒たつぷりと甘辛く

 「酒たつぷりと」に、美味しい煮つけを作るぞという意気込みを感じます。甘辛い匂
いが漂ってくるようですね。

29	藻の花や素足くすぐる瀬の流れ

 素足で実感する清流の冷たさですね。季語が詩情を膨らませています。

国枝隆生氏評================================

「藻の花」と「素足」が季重なりと見えるが、ここは「藻の花」が季語であろう。
「素足くすぐる」の写生が実感。

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30	幼子の髪に蛍火乗せ来たり

 始めは蛍が来たのだと思いましたが、「乗せ」は他動詞なので、幼子が蛍を乗せてき
たのですね。

31	面接の沈黙長く扇風機

 普通の職場でしたらエアコンがあるはずですが、扇風機ですからどんな所?と想像し
ました。「沈黙長く」が肝だと思いますが、ここからの想像が止まってしまいました。

32	青梅雨や岩間を白き水一縷

 青々とした風景と、白い水の一筋の対比が良いですね。

〈国枝評〉水に青と白の発想の取り合わせに感覚のよさが出ている。

33	たまゆらの夕虹まとふ電波塔

 虹は元々儚いものですから「たまゆら」がやや飾り言葉になってしまっていますが、
電波塔という無機質なものとの対比の構図は良いかなと思いました。

34	あるもので足りる生活や胡瓜もみ  生活(たつき)

 個人的な感慨の句ですが、季語「胡瓜もみ」で詩情が出ましたね。

35  山風をリュックに入れて夏帽子

 中七の発想の飛躍が大胆ですね。。

〈国枝評〉リュックが風に膨らんでいるように見たのは、単に荷でふくらんでいるだけ
かもしれないが、それは風によるものだとの発想にユニークさを感じる。

36  喧騒の臭気澄みたる夕立あと

 都会の垢を洗い流すような夕立ですね。

37 新米の精米匂ふ四次問屋
 
「米」の二回使いが気になりました。何とか他の言葉はないでしょうか。

38	手を振りてオペ室に消ゆ真夏の日

 不安感を伝えたいのかもしれませんが、「消ゆ」が不吉なイメージですので、言葉を
替えたほうが良いように思いました。

39	亡き父を見舞ひし路に芙蓉また

 何回もお見舞いに行っているのだと思いますが、「芙蓉」に特別な思いがあるのです
ね。

40	はからずも同じ香水恋敵

 上五中七はどこにでもあるような感じですが、「恋敵」の措辞で物語になりましたね。

41	緑蔭のベンチ賑はふ昼餉どき

 報告気味だと思いました。

42	大夕立ドームまるごと洗ひけり

 壮大な句ですね。

国枝隆生氏評================================

単純でありながら、大景の写生が見事。視線の位置が高く、ドームを丸ごと見ている
把握に納得。

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43	かしましや御廟所までの蝉の道

 蝉がやかましいのは当たり前だと思いました。

44	献花台ハイビスカスの濃く匂ふ

 何の献花か分かるともう少し景が見えてくるのですが・・・。沖縄でしょうか?

45	蛇の衣丈六尺を留めをり

 「丈六尺」は仏像のことでしょうか?それを留めるとは?

46	山笠にバケツもて掛く力水

 博多祇園山笠の熱気が伝わってきますね。

47	人混みの四万六千日の風

 「風」のイメージが分からないのですが、喧騒の中の一瞬の風を表現しているので
しょうか?

48	青田風田の神様の笑ひ顔

 風にそよぎ、田んぼの神様が微笑んでいる。この水田では、きっと素晴らしいお米が
実るのだとおもいます。

49	星涼し漁火遠く日本海

 涼やかな星空の下、沖に瞬く漁火が、静寂に包まれた日本海。抒情豊かな句ですね。

50	逝く人を見送る眼青蜥蜴

 観賞の難しい句ですね。行く人ではなく逝く人なので死に逝く人なのか?「青蜥蜴」
が句全体にどう働いているのかも分かりませんでした。

51	コンビニへ駆け来るをのこサングラス

 景は良く見えますが、全体に報告気味でしょうか。

52	子燕に餌とる下手な一羽おり

 餌を取るのが下手では巣立ちもできませんから笑っていられませんね。

53	稲筵三日三晩梅を干す

 「三日三晩」という表現に、単なる農作業の描写にとどまらず、根気や情熱といった
気概を感じます。しかし「稲筵」が秋の季語なのでこれが気になりました。

54	平城山を音なく越へる夏の雲

 「ならやま」という読みもそうですが、全体に穏やかな感じを受けました。「越へる」
は旧仮名使いでは「越える」で、文語だと「越ゆる」ですね。

〈国枝評〉平城山に入道雲がかかっているのでしょう。青空と真っ白な雲の対比が見え
るようです。なお「越へる」は「越ゆる」ですね。
 
55	円虹や女人高野に釈迦如来

 珍しい円虹を女人高野の山に見て、室生寺の釈迦如来を思う作者。濁世が洗い流され
るような感です。

56	片蔭をさがす真昼の赤信号

 赤信号を待つ間でも日陰を探す作者、真昼ですので日陰も少なく悲惨ですね。私もよ
く体験します。

57	涼風やしばし微睡む昼下り

 昼寝とまではいかない微妙な居眠りでしょうか。それはそれで気持ちの良いひと時で
すね。ましてや涼風ですので。

58	明早し犬の散歩の話し声

 季語の説明としては申し分のない句ですが、もう少し余情が欲しいと思いました。

59	つつがなく一日を終へて冷奴

 日記に添えるのには申し分のない句ですが、投句作品としては物足らないと思います。

60	素麺をすする子の目が笑ってる

 嫌味が無く、全くの素の表現に好感しました。

61	モンゴルの地にもなじみの競馬あり

 賀茂競馬の季語をモンゴルの「競馬」に使うのは無理があると思います。

62	けふの無事喜び合うて冷奴

 59番と同じような句ですが、「喜び合うて」に実感がありますね。

63	馬手に閼伽弓手に日傘父祖の墓

 言葉が多すぎるように感じました。

64	星祭り願ひ事ただ一つなり

 大抵は一つの願いことなので、「ただ」はちょっと大げさに感じました。

65	初蝉のひと鳴きに手を止めて聞く

 「聞く」まで述べる必要はないと思います。「ひと鳴き」もいらないかもしれませ
ん。俳句は簡潔に作りたいです。

66	絵日記に膨らんでゆく西瓜かな

 西瓜の絵がだんだん出来上がることですね。

国枝隆生氏評================================

夏休みの宿題の絵日記が想像される。書いているうちに段々西瓜が大きくなっていく
様子をほほえましく見ている作者が見えるようだ。

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67	キャンプファイヤー女神希望はみな男子

 最近のキャンプファイヤーの事情を検索しましたが、年のせいか女神について鑑賞し
きれませんでした。

68	母は子のひたすら百度踏む大暑

 子供のための懸命なお百度参り。暑さの中、母親の汗が見えるようです。

69	夏ぐれや傘の滴を避け合ふて

 滴りを避け合っているということは混雑している場ですね。「合ふて」はウ音便で
「合うて」だと思います。

〈国枝評〉「合ふて」のように終止形に「て」は続かないと思います。「合うて」が正
しい。

70	螢舟螢を置いて流れけり

 蛍舟は運航するものですから「流れけり」は?でした。

71	ディオールの香水妻を鎧ひけり

 纏いではなく鎧いでよかったでしょうか? 「鎧ひ」は他動詞ですので香水が妻を鎧
ふことになってしまいます。妻をではなく「妻が」としたほうが良いと思います。

72	夏帯や路地の日暮れは人恋し

 夏の日暮れで「人恋し」はそぐわないように思いました。

73	宙に浮く糸を頼りの蜘蛛走る

 「糸を頼りの」が理屈とも説明とも感じますので、糸が目に見えるように述べてくだ
さい。

74	摘む茄子の指より零る紫紺かな

 「零る」は終止形ですので「紫紺かな」に繋がりません。あえて言えば「指を零るる」
でしょうか。

75	句碑に添ふ水の揺らぎや花菖蒲

 句碑に寄り添う水面の揺らぎに、花菖蒲が映し出され、情景に趣を与えていますね。

国枝隆生氏評================================

客観写生に忠実な句。句碑のそばの花菖蒲、そこにある水面に揺らぎを発見した情景
に納得感がある

======================================

76	稜線へ長き急登雲の峰

 一歩一歩進んでいく登山者の姿が目に浮かびます。

77	ハンカチにうつすら残る妣の名前

 「うつすら残る」という措辞に亡母への万感の思いが感じられます。

〈国枝評〉生前、お母さんが使っていたハンカチであろう。ハンカチにかすかな母の文
字を発見したところが実感です。なおこのような句では「妣」と使わなくても普通の
「母」で十分分かると思います。

78	湯上がりに麦茶飲み干すごくごくと

 「ごくごくと」というオノマトペは常套すぎます。

79	風はらむ野良着涼しやおやつ時

 農作業の一休みの心地よい情景が目に浮かびます。

80	木下闇高らにきたる鳶の声

 木下闇という季語で高方の鳶を詠うのはちぐはぐだと思いました。それと、「高ら」
という言葉は辞書、ネットともに見つかりませんでした。

81	蝉の音の少なき日々や選挙カー

 せっかく静かなのに選挙カーがやってきたという理屈のようなものを感じました。

82	影探し右に左に夏の蝶

 蝶が影を探すはずはないのですが、春とは違い夏の強い日差しの中、健気に舞う蝶が
目に浮かびました。

第306回目 (2025年6月) HP俳句会 選句結果
【  奥山ひろ子 選 】
  特選 象さんの前を動かぬ夏帽子 まこと(さいたま市)
   朝刊のインクの匂ひ夏燕 石塚彩楓(埼玉県)
   磨崖仏までのきざはし著莪の花      水鏡(岐阜県)
   朝市の方言優し花菜漬 晴海(京都)
   梅雨晴間教師を囲む生徒らよ 康(東京)
   縦横に走る水路や杜若 みぃずてぃ(神奈川県)
   道問はれ吾も旅人夏帽子 雪絵(前橋市)
   虫食いの仁王の肌や南吹く 隆昭(北名古屋市)
   喜寿傘寿幼女に戻るアイスクリン 麻里代(和歌山市)
   父の日の父は寡黙のままであり 蝶子(福岡県)
【  酒井とし子 選 】
  特選 梅雨の蝶石のオブジェに翅たたむ 美佐枝(千葉県)
   朝刊のインクの匂ひ夏燕 石塚彩楓(埼玉県)
   磨崖仏までのきざはし著莪の花      水鏡(岐阜県)
   無住寺の泰山木の花開く 岩田 勇(愛知県)
   悪いのは全部俺かよ毛虫焼く 原 洋一(岡山県)
   立ち尽くす農夫一人の植田かな ようこ(神奈川県)
   漱石を繙く午後の籐の椅子 惠啓(三鷹市)
   白墨の路地の絵遊び梅雨晴間 惠啓(三鷹市)
   遺影なき父の手紙や額の花 淳平(〒834-0047 八女市)
   喜寿近し羽化してみたき更衣 かよ子(和歌山市)
【  武藤光リ 選 】
  特選 喜寿近し羽化してみたき更衣 かよ子(和歌山市)
   朝刊のインクの匂ひ夏燕 石塚彩楓(埼玉県)
   幼子の走るよろこび梅雨晴間      大原女(京都)
   パスタ盛るボーンチャィナに薄暑光 百合乃(滋賀県)
   凌霄花(のうぜん)に絡み取られし廃家かな 岩田 勇(愛知県)
   田水張るひろがる村の水あかり のりこ(赤磐市)
   虫食いの仁王の肌や南吹く 隆昭(北名古屋市)
   梅雨入りや受くる封書のほの柔し 比良山(大阪)
   父の日の父は寡黙のままであり 蝶子(福岡県)
   曇天を貫くがごと立葵 美由紀(長野県)
【  渡辺慢房 選 】
  特選 遺影なき父の手紙や額の花 淳平(〒834-0047 八女市)
   朝刊のインクの匂ひ夏燕 石塚彩楓(埼玉県)
   磨崖仏までのきざはし著莪の花      水鏡(岐阜県)
   朝市の方言優し花菜漬 晴海(京都)
   パスタ盛るボーンチャィナに薄暑光 百合乃(滋賀県)
   悪いのは全部俺かよ毛虫焼く 原 洋一(岡山県)
   異邦人の煙草の匂ひ梅雨に入る 田中由美(愛知県)
   ぶらんこを競ふ父と娘夕焼け空 田中由美(愛知県)
   釣忍飛騨高山の風に揺れ よりこ(愛知県)
   妻不意に「夢」と言ひけり蛍舟 櫻井 泰(千葉県)

(各選者の特選は2点・並選を1点として計算し、最高点の方を最多入選賞といたします。
同点が3名以上の場合は該当者無しとさせて頂きます)

今月の最高得点者は、石塚彩楓さん(埼玉県)でした。「伊吹嶺」6月号をお贈りいたします。おめでとうございます!

【講評】


        2025年6月伊吹嶺HP句会講評        渡辺慢房

1	錫を打つ音の軽やか風薫る

 「錫を打つ」が、金属の錫を槌で叩いて何かを作っているのか、仏具の錫杖を打ち鳴
らしているのか(そういうことをするのかどうか知りませんが)わからず、具体的な音
のイメージが湧きませんでしたが、季語の働きで良い音であることは伝わりました。

2	朝刊のインクの匂ひ夏燕

 朝の光の清々しさが伝わります。感覚的な句ですね。

 奥山ひろ子氏評===============================

 目の前には朝刊、窓には燕が来ている清々しい朝の景で〈朝刊〉と〈夏燕〉が響いて
います。

 ======================================

3	桜散りシデ降る道は通学路

 シデがわかりませんでしたが、蘂(桜蘂さくらしべ)のことでしょうか? 「桜蘂降る」
という季語があります。

4	春一番地蔵堂の花飛ばす

 俳句で花といえば桜のことですので、「春一番」との季重なりになります。中七の字
足らずも避けたいところですね。

5	磨崖仏までのきざはし著莪の花

 木々に囲まれ苔むした古い石段と、木漏れ日に揺れる著莪の花の景が浮かびます。森
林浴を楽しめますね。

 奥山ひろ子氏評===============================

 見たままを素直に詠まれており、〈著莪の花〉が印象的に浮かびました。

 ======================================

6	朝床の篠つく雨や明易し

 篠つくような激しい雨であれば、なかなか明るくならないのでは?と思ってしまいま
した。

7	点々と青田をつなぐローカル線

 「ローカル線」は幹線以外の地方の鉄道やバスの路線のことで、具体的な景が浮かび
にくい言葉です。また、それが「点々と青田をつなぐ」というのも、どういうことかよ
くわかりませんでした。

8	法要の人影絶へて夕蛍

 どこで行われた法要か、だれの法要か等はわかりませんが、作者は一人で蛍に故人を
偲んでいるのだろうと思いました。

9	鶯の鳴くほど寄れる向山

 向かいの山で鶯が鳴いているのだと思いますが、「鳴くほど寄れる」の意味がよくわ
かりませんでした。

10	先生をあだ名で呼んで更衣

 最初、句意がよくわかりませんでしたが、子供達が入学してから衣更えまでの時間に
先生に慣れて、あだ名で呼ぶようになったということでしょうか? 今は生徒たちは男
女ともさん付けで呼ぶそうですが、先生のあだ名は残っているのでしょうか?(そうで
あって欲しいと思います。)

11	滴りを手に受け陽気一家かな

 「陽気一家」は「陽気な一家」を詰め込んだものと思いますが、無理を感じました。
また、滴りと陽気な一家の関係がよくわかりませんでした。

12	待ち詫し杖の友来る里薄暑

 作者がなぜ杖を突いた友人を待ちわびているのか、季語から読み取ろうとしても読み
取れませんでした。「待ちわびる」を漢字にする場合は「待ち侘びる」の方が適当と思
います。

13	リハビリへ嫁見立てたる夏帽子

 リハビリに出かけるのにも少しでもお洒落にと、お嫁さんが見立ててくれたのですね。
嬉しく励まされる気持ちが伝わってきます。

14	幼子の走るよろこび梅雨晴間

 雨が上がって外で走り回れるから子供あるいは作者が喜ぶという理屈を感じてしまい
ました。また、俳句では「よろこび」と言わずに喜んでいる姿・気持ちが伝わるように
詠みたいところです。

15	さくらんぼ含めば故郷偲ばるる

 さくらんぼが名産の土地(山形?)のご出身なのですね。「故郷偲ばるる」が主観的で、
やや言い古された言い回しのように感じました。

16	朝市の方言優し花菜漬

 花菜漬も優しい味がしそうですね。どこの朝市か、地名を入れても良いかもしれませ
ん。うまく行けば、「優し」と言わなくても季語から優しさが伝わります。

 奥山ひろ子氏評===============================

 お国訛りとの出会いも朝市での楽しみですね。季語もいいと思います。

 ======================================

17	獲れるかな水門の子に風涼し

 この場合の「獲れる」は「捕れる」の字の方が良いように思いました。上五を少年あ
るいは作者の言葉としたことで、わくわく感が伝わりますが、状況が今一つ見えにくく
感じました。

18	軽トラのライトに浮かぶ鹿親子

 実際の体験かと思いますが、事実の報告に留まり、感動の焦点が絞れていないように
感じました。また、秋の句は秋に投句された方が読者の共感が得られ易いと思います。

19	梅雨晴間教師を囲む生徒らよ

 雨が降らないので、校庭で体育の授業をしているのでしょうか? 生徒に詠嘆されて
いますが、その理由がわかりませんでした。

 奥山ひろ子氏評===============================

 今どきの子供と先生にはいろいろありますが、この先生は生徒に慕われているのです
ね。

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20	園児バス迎ふる保母の梅雨の傘

 「梅雨の傘」は季語として無理があると思いますが、それを置いておいても、雨が降っ
たら傘をさすのは当たり前ですので、作者が何を伝えたいのかがよくわかりませんでし
た。

21	パスタ盛るボーンチャィナに薄暑光

 初夏の光の入る食卓で、温かみのあるボーンチャイナに盛られたパスタが美味しそう
ですね。中七は「ボーンチャィナや」と切っても良いと思います。

22	カフェラテの猫の泣き顔夏来る

 ラテアートの猫ですね。崩れて泣き顔になったのでしょう。季語が動くようでなんと
なくはまっている感が良いと思いました。よく「季語は離して使え」と言われますが、
紙一重の加減が難しいですね。

23	凌霄花(のうぜん)に絡み取られし廃家かな

 「絡み取られし」は「絡め取られし」が正しいと思います。凌霄花は家や塀に高くま
で咲き上りますので、凌霄花と言うだけでその様子は目に浮かびます。

24	無住寺の泰山木の花開く

 無住寺と泰山木の取り合わせは良いと思いますが、切れが無く報告的に感じました。

25	街路樹を饒舌にする青嵐

 街路樹の擬人化がユニークですね。やや季語の説明的にも感じました。

26	大利根の濁流よぎる夏燕

 雨の後でしょうか。荒々しい流れの上を自由に飛翔する燕が爽快です。

27	縦横に走る水路や杜若

 おおまかな景は浮かびますが、「縦横に走る水路」は定型的な言い回しで具体性に欠
けるように感じました。

 奥山ひろ子氏評===============================

 〈縦横に〉が写生が効いていると思います。

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28	指笛の揺らす麦の穂里の風

 指笛が麦の穂を揺らすというのがよくわかりませんでしたが、比喩でしょうか?

29	山襞の日々に彩濃し桑苺

 上五中七が遠景の日時の経過の描写であるのに対し、下五が近景の静物であるため、
対比というよりどこかちぐはぐな感じを受けました。

30	道問はれ吾も旅人夏帽子

 旅先で道を訊かれ、改めて自分が旅の空の下にいることを自覚したのでしょう。帽子
は、この旅のために誂えたものかもしれませんね。

 奥山ひろ子氏評===============================

 これも旅での出会いの一つですね。〈夏帽子〉が旅の心地よさを印象付けていると思
います。

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31	四畳半に夕陽扇風機は猫背

 「扇風機は猫背」は面白い表現ですが、そんな扇風機あるのかな?と思ってしまいま
した。たいていの扇風機は、背筋?がぴんと通っていると思いますが…。

32	悪いのは全部俺かよ毛虫焼く

 独白が季語に合っていて面白く思いました。

33	てんとうむし童話の森の夢語り

 想像句ですね。古い結婚式ソングの定番、チェリッシュの「てんとう虫のサンバ」を
思い出しました。

34	梅雨の蝶草の匂ひの灯を点す

 上句に続き、虫がテーマのファンタジーのような句です。「草の匂ひの灯を点す」が
蝶の比喩表現なのか、別のことを言っているのか、意味を取りかねました。

35	異邦人の煙草の匂ひ梅雨に入る

 私は今は煙草を吸いませんが、外国の煙草は独特の香りを持つものが多いですね。上
五は「外国の」としても句の意味は変わりませんが、敢えて字余りで「異邦人の」とし
たことで、煙草を吸っている人物像まで見えて来ます。季語の斡旋も良いと思いました。

36	ぶらんこを競ふ父と娘夕焼け空

 微笑ましい句ですね。下五の季語は他にも考えられると思いますが、夕焼空を主季語
として選ぶことで懐かしい景となりました。季重なりは気になりませんでした。

37	四阿にむらさきの風菖蒲園

 わかる句ですが、むらさきの風が菖蒲園に即き過ぎで、全体的に菖蒲園という季語の
説明的に感じました。

38	竹皮を脱ぐひと節の痛みかな

 「ひと節の痛みかな」がよくわかりませんでした。痛覚のことなのか、傷や腐食のこ
となのか?

39	田水張るひろがる村の水あかり

 村のあちこちで田水が張られ、そこが明るく見えているということだと思いますが、
やや理屈が感じられ、説明的に思いました。

40	シュナウザー肉球黒し梅雨入かな

 シュナウザーは犬の種類だと思いますが、その足の肉球が黒いことが何を意味するの
か、作者が何を感じたのかが、季語を通しても読み取れませんでした。

41	宮川に架かる中橋青楓

 「宮川に架かる」は中橋の説明ですね。地名や施設名は読者がそれを知っていないと
鑑賞してもらうのが難しくなります。今はネットで比較的簡単に調べられますが、わざ
わざ調べてまで観賞しようと思わせるのはなかなか大変です。(今回私はネットで調べ
ました。)

42	長袖を捲りたくなる薄暑かな

 暑く感じれば袖をまくって腕を出したくなるという、当たり前のことを言っただけの
句と感じました。

43	釣忍飛騨高山の風に揺れ

 地名が利いていますね。揺れる釣忍の背景にある、歴史ある街並みや北アルプスの山々
が浮かんできます。

44	朝曇鴉のねらふゴミ袋

 カラスが狙っているゴミ袋に作者が何を感じ、読者に何を伝えたかったのかがわかり
ませんでした。

45	虫食いの仁王の肌や南吹く

 季語の離れ具合が良いと思いましたが、正直なところ生理的に勘弁してほしい句です。
せめて肌ではなく腕とか脚でしたら、まだましなのですが・・・。

 奥山ひろ子氏評===============================

よく見て作られているなと思いました。〈虫食い〉は「虫食ひ」でいただきました。仁
王像を南風が労わるように吹いていますね。

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46	初デートグラスの底に氷鳴る

 氷は冬の季語ですが、飲み物に入れる氷が季語になるのか疑問に思いました。(個人
的にはならないと思います。)氷は飲み物に浮くので、グラスの底に氷があるというこ
とは、飲み物は無くなっているということですね。その氷が鳴るというのは、グラスの
底をストローで突いたりしているのでしょうか? 状況が今一つわかりませんでした。

47	万緑の真っただ中をウオーキング

 状況はよくわかりますが、もう少し「俳句らしく」仕立てて欲しいと感じました。例
えば上五で「万緑や」と言えば、作者が緑の真っただ中にいてそれに心を惹かれている
ことが読者に伝わります。

48	草刈りの機械操る青田道

 上句と同様、切れの無い一本調子が残念に思いました。草刈と青田道の季重なりでも
あります。

49	薄雲のかかる甲斐駒青田風

 青田風には青空の方が似合うと思いました。

50	梅雨の蝶石のオブジェに翅たたむ

 石の固さ、冷たさが梅雨の蝶に似合っているように感じました。

51	渓谷の雨しなやかに更衣

 「渓谷の雨」で、人家などの無い山深いところを想像しましたが、もしかすると渓谷
の緑が濃くなって行くことを更衣に喩えたのでしょうか?

52	朝刊にじっとり感や梅雨滂沱

 朝刊のじっとり感と季語が即き過ぎに感じました。

53	あぢさゐを褒めちぎつてる立ち噺

 切れが無く一本調子で、報告的に感じました。「噺」は話芸を指す漢字ですが、スタ
ンドアップコメディのことではないでしょうね?

54	象さんの前を動かぬ夏帽子

 「象さん」で、夏帽子の人物が小さい子であることがわかります。やはり象は動物園
の人気者ですね。

 奥山ひろ子氏評===============================

平和でほのぼのとした景ですね。省略が効いていて、男の子?女の子?想像の幅もあり
楽しい作品と思いました。

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55	噴井より木の葉を折りて水を汲む

 上五は下五に続くのだと思いますが、中七をはさんで離れてしまっているため、意味
を取りにくく思いました。

56	直売の列を芒種のやわき風

 「直売の列」が売り手の列(朝市のような)なのか買い手の行列なのかわからず、「芒
種のやわき風」も具体的な景が無いため、全体的にイメージがつかめませんでした。

57	二十五の檀家生い立つ四葩かな

 句の意味がわかりませんでした。檀家が25軒あるのか、檀家の一人が25歳なのか? 
生い立つのは檀家なのか、四葩なのか?

58	立ち尽くす農夫一人の植田かな

 農夫が立ち尽くしていては田植になりませんので、立ち尽くすのは作者ということで
しょうか?

59	蝸牛息をひそめる葉裏かな

 蝸牛が葉の裏にいるのは普通のことで、別に息をひそめているわけでは無いと思いま
した。

60	喜寿傘寿幼女に戻るアイスクリン

 アイスクリンはアイスクリームの古い呼称で、今でも高知にはアイスクリンという氷
菓があるそうですね。「喜寿傘寿幼女に戻る」は一般論的な表現ですので、もっと具体
的に幼女のようになっている一人の人物を写生してはどうでしょうか?

 奥山ひろ子氏評===============================

 〈アイスクリン〉の魅力は素晴らしいですね。作者の優しい眼差しも感じました。

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61	梅雨寒のジムにハワイの動画かな

 梅雨の肌寒さと、常夏のハワイの取り合わせが、ちょっと狙いすぎのように感じられ
てしまいました。

62	漱石を繙く午後の籐の椅子

 ゆったりとした昼下がりですね。漱石はビッグネーム過ぎて面白味に欠けるような感
じもしますので、もうちょっと癖のある・・というか個性的な作家を持ってくると、読
者の想像を更に広げられるかもしれません。

63	白墨の路地の絵遊び梅雨晴間

 ノスタルジックな景ですね。私の頃は白墨は学校にしかなくて、駄菓子屋で買った蝋
石で落書きをしていました。

64	妻不意に「夢」と言ひけり蛍舟

 心の声が出てしまった感じですね。本当に夢のようだと思われたのだと思います。

65	枇杷持たす恙の友の手の大き

 「恙の友」はあまり見ない言葉ですが、病気の友人とも、苦楽を分かつ友人とも解釈
できるように思いました。また、友人が作者に枇杷を持たせるようにも、その逆のよう
にも解釈でき、句意を図りかねました。

66	木苺や山路にしばし足を止め

 足を止めたのは木苺を良く見るためでしょうか? 木苺を別の季語に変えても良いよ
うに思いました。l

67	ぬれ髪に夜風まとふや藍浴衣

 風情がありますね。中七は「纏ふ夜風や」の方が座りが良いように思いました。

68	遺影なき父の手紙や額の花

 戦死されたお父様が遺された古い手紙を見返しているのかと、季語からそんなことを
勝手に想像しました。

69	サングラス外して妻にかへりけり

 共感できる句です。以下のような俳句の返句のようで面白いと思いました。
  サングラス人の妻たること隠す  辻田克巳
  夫(つま)を子をすこし遠ざけサングラス  木内怜子
  サングラス掛けて妻にも行くところ  後藤比奈夫
  外すまで美女でありけりサングラス  末廣紀惠子

70	辞書を繰る擦り音柔きついりかな

 辞書を捲る音が柔らかく感じられたという感性が、季節とマッチしていると思いまし
た。

71	梅雨入りや受くる封書のほの柔し

 上の句と似た印象ですが、こちらは梅雨に入ったので、封書が湿気を吸って柔らかく
感じられたという「理屈」を感じました。

72	大茅の輪草の香仄ととうりやんせ

 下五が唐突に感じられました。誰が「通りゃんせ」と言っているのでしょうか? 茅の
輪が作者に言っているようにも、作者が読者に言っているようにも取れます。どちらに
しても、言わずもがなのように思いました。

73	ほうほうと鵜匠の裁き鮮やかや

 「鮮やかや」は作者の主観なので、そう言わずに鮮やかな様子を読者に伝えるのが俳
句です。「裁き」は「捌き」でしょうね。

74	まん中に考のゐさうな大青田

 農業一筋だったお父様なのでしょう。考は無くなった父親を意味しますが、普通に父
と書いても、文脈から亡父の意味とわかると思います。

75	木道は二人の歩幅花菖蒲

 「木道は二人の歩幅」の意味がわかりませんでした。二人が並んで歩ける幅という意
味かとも思いましたが、それは歩幅とは言いませんね。

76	喜寿近し羽化してみたき更衣

 自分自身の古い外殻を脱ぎ捨てたいという発想がユニークですね。

 武藤光リ氏評================================

  喜寿まで生きて、更衣の夏となった。自分も更衣と同時に、生き様も変えて見たい
とふと思う。こんな感慨を持つ人は多いに違いない。

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77	梅雨晴間差し芽の枝のよく伸びて

 梅雨晴間と差し芽(挿芽)の季重なりです。

78	雨上がり舗道へ数多桜の実

 助詞が省略されて三段切れになっているのが気になりました。

79	父の日の父は寡黙のままであり

 威厳のある父の姿ですね。ただ、父=寡黙は、ステレオタイプなイメージとも感じま
した。

 奥山ひろ子氏評===============================

 作者のお父様でしょうか。世の風潮に乗せられないところに威厳を感じました。

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80	都忘れ深紫のカフェの窓

 深紫(こきむらさき)は、冠位十二階の最高位を示す高貴な色とされていますね。都忘
れが深紫なのでしょうが、カフェの窓が深紫というようにも読めました。

81	町内の一斉清掃にらの花

 「町内の一斉清掃」にはいろいろな人が参加し、いろいろな場所を清掃しますので、
具体的な景が浮かびにくいように思います。季語からも、作者が言いたいことが伝わり
にくいように思いました。

82	気まぐれな十色の四葩古都の寺

 気まぐれな十色というのは正確に数えたわけではなく、紫陽花がいろいろな色を持つ
ことを比喩的に言ったものと思いますが、紫陽花には七変化という別名もありますので、
比喩が活きていないように感じてしまいました。

83	日和良く家族総出の田植かな

 最近は、一人で田植え機に乗って田植えを済ますことが多いと思いますが、昔は家族
や親せき総出で田植えをやったものですね。懐かしい景ですが、「季語の説明」的にも
感じてしまいました。

84	梅雨闇やかばんに財布見当たらず

 季語から心情が窺える気がしますが、それが「合っている」と見るか「即き過ぎ」と
見るか、意見がわかれるところと感じました。

85	さみしさにぽつり泡吹く水中花

 ロマンティックな句ですね。水中花にも心があるような気がします。

86	曇天を貫くがごと立葵

 立葵と言えばその容姿は浮かびますので、「貫くがごと」は季語の説明に思いました。
また、立葵の咲く時期は梅雨時で、花が上まで咲きあがると梅雨が明けるなどと言われ
ていますので、曇天も立葵のイメージに含まれるような気がします。

87	五位鷺の眼鋭し水鏡

 「眼鋭し」は、漠然と五位鷺を見るのではなく、その目に集中して観察しないと見え
てこないことだと思います。そこに水鏡を合わせることにより、全体の景が水に写って
いる様子が浮かび、どこを見ているのかわからないような感じがしました。

88	十薬の一輪挿しや匂ひ愛づ

 どくだみは独特の強いにおいがあり、好き嫌いが分かれます。私もあのにおいが嫌い
ではありませんが、個人の好き嫌いを言うだけでは、読者に訴えるものは少ないと思い
ます。

89	ふと思ふ箪笥の底の藍浴衣

 なぜ唐突に藍浴衣のことを思い出したのか不思議に思いましたが、それよりもこうい
う季語の使い方は有りなのかということに引っ掛かりました。真冬に桜のことを思い出
して詠んだら季語になるのかと考えると、心に思ったり描かれているものを見たりとい
うのは、季語にならないように思います。

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