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【
第136回目
(2010年8月)
HP俳句会 選句結果】
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| 【
矢野孝子
選 】 |
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| 特選:
甲斐駒の稜線蒼き星月夜
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森垣昭一(東京)
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夏草やものの影なき古戦場
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山地美智子(伊丹市)
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産前の牛の荒息風灼くる
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須藤曉風(前橋市)
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かなかなや遍路宿まであと一里
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吉田正克(尾張旭市)
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家中に山の風入れ盆仕度
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きよ(広島)
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綿羊の草を食む音秋の雲
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安松(吹田市)
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桃色に破れて無花果陽の匂ひ
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堅香子(さいたま市)
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葛切りをつるんと喉に四條かな
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みのる(大阪)
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金魚玉姉がつつけば妹も
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ときこ(名古屋市)
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ポスターの水着の美女と列車待つ
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梶田遊子(名古屋市)
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| 【
中野一灯
選 】 |
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| 特選:
産前の牛の荒息風灼くる
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須藤曉風(前橋市)
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峰雲や鎖伝ひに札所道
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杉浦 太一(東京)
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レジ袋提げて出口にある暑さ
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兵(滋賀県)
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炎天を腹波打たせ盲導犬
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近藤信男(東京)
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手花火や母にも子にも片えくぼ
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松井徒歩(名古屋市)
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炎昼やシャツ絞りゐる塩田夫
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栗生晴夫(川崎市)
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下駄の音たてて連れ立つ浴衣の子
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ときこ(名古屋市)
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帆船の潜る大橋雲の峰
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詩音(福岡県)
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ポスターの水着の美女と列車待つ
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梶田遊子(名古屋市)
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夕凪や潮騒近き共同湯
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三井あきを(埼玉県)
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| 【
渡辺慢房
選 】 |
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| 特選:
夏草やものの影なき古戦場
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山地美智子(伊丹市)
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終戦日赤子のふくむ乳まろし
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岩本健雨(横浜市)
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鉢に水張りて浮かべぬ沙羅の花
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康(東京)
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かなかなや遍路宿まであと一里
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吉田正克(尾張旭市)
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木道に靴音響く梅雨晴間
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杉浦 太一(東京)
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家中に山の風入れ盆仕度
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きよ(広島)
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籐寝椅子ラジオは朗読の時間
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田村幸之助(鈴鹿市)
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金風に両の手ひろげ一輪車
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梦二(神奈川県)
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かき氷椅子に正座の女の子
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香貞 (さいたま市)
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島と島つなぐ大橋星月夜
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総帆(潮来)
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| 【
伊藤範子
選 】 |
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| 特選:
語り部の声に更けゆく夜の秋
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森垣昭一(東京)
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終戦日赤子のふくむ乳まろし
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岩本健雨(横浜市)
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むずかる子背に夜涼の風に佇つ
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雪絵(前橋市)
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家中に山の風入れ盆仕度
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きよ(広島)
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新涼や書架に加ふる新刊書
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省子(神戸市)
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神輿ゆく一番後に乳母車
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眞人(さいたま市)
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糠漬けの瑠璃鮮やかに秋立てり
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堅香子(さいたま市)
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炎昼やシャツ絞りゐる塩田夫
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栗生晴夫(川崎市)
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金魚玉姉がつつけば妹も
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ときこ(名古屋市)
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甲斐駒の稜線蒼き星月夜
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森垣昭一(東京)
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※(各選者の特選は2点・並選を1点として計算し、最高点の方を最多入選賞といたします。
同点が3名以上の場合は該当者無しとさせて頂きます)
今月の最高得点者は、森垣昭一さん(東京)、山地美智子さん(伊丹市)、須藤曉風さん(前橋市)、きよさん(広島)でした(各3点)。同点が3名以上ですので、今月の最多入選賞は該当無しとなります。また、来月の御投句をお待ちしています。
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【講評】
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2010年8月 伊吹嶺HP句会講評 伊藤旅遊
22 夏草やものの影なき古戦場 美智子(伊丹)
「ものの影なき」と詠われているところから、ちょうど真昼時なのでしょう。古戦
場には夏草が茂り、ただそれだけの光景です。しかし、それ以上何も説明することは
ありません。往時の古戦場を偲んでいる作者の姿がこの句からはっきりと見てとれる
のです。ごてごて言わないことの大切さがこの句から分かります。
39 かなかなや遍路宿まであと一里 正克(尾張旭)
もう夕暮れ近くになっているのでしょう。一日中札所を巡って歩いて、やっと今日
の宿と決めた場所の近くまで来て、ほっとしている遍路の息遣いまで分かる句です。
この句も省略が行き届いていて、一読すっと胸に収まります。無理のないこの句のリ
ズムにも好感が持てます。
45 家中へ山の風入れ盆仕度 きよ(広島)
情景がたいへんによく分かります。さらには、この句の中の登場人物にまで思いを
馳せることが出来ます。ここぞと決めたことだけをしっかりと描写し、あとはきれい
さっぱりと捨て去ることが俳句には大切なことですが、この句はその点で申し分あり
ません。
92 金魚玉姉がつつけば妹も ときこ(名古屋)
子供が登場する句は、ほとんどの場合、かわいい、かわいいという思いが先に立っ
て、句自体が幼稚に仕立てあがってしまうのですが、この句はたいへんに微笑ましい
情景が過不足なく描かれています。かわいらしいなどと、わざとらしい言葉を入れな
いことで成功している句です。
111 甲斐駒の稜線蒼き星月夜 昭一(東京)
「甲斐駒の」で僅かの間を取って、あとは一気に詠みあげたという句です。韻文と
しての立ち姿も良いですし、句の内容も何の疑問の余地なく、すっきりと理解できま
す。大景を詠んで破たんのない句とでも申しましょうか。
こうした句を読んでいますと、俳句の楽しさは何倍にもなります。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
俳句は写生であるとは、よく言われることですが、この言葉をよく考えもしないで、
事実をそのまま述べればそれが写生で、それで俳句になると誤解している人がいます。
俳人富安風生は、「満員の電車の中の暑さかな」という句を例として次のように述
べています。
「この類の句のどこに詩を求めたらいゝのであろうか。作っている人の気が知れぬ」
「要するにこれは美を感ずるだけの準備が整つて居らぬ、詩的情操の涵養が欠けてい
るということに帰着する」。さらに続けて、句中の言葉や句のリズムに気を配らない
句も同様に、作者の美に対する感性が欠けているからであると断じています。
「満員の電車の中の暑さかな」というのは、句の形だけは一応は出来ていますが、
それは形だけのことで、この句からは作者の感動のかけらも感じ取れないし、どこに
美しさを作者が感じ取ったのかということがまったく分からないというのです。
見たまゝ有りのまゝを描けば、それが写生であり、それが俳句であるというのはま
ったくの誤解です。当たり前のことを、当たり前のように述べるだけでは、たゞごと
に過ぎず、情趣のかけらもなく、単なる事実の報告に過ぎないのです。一口で言えば
その句には詩がないのです。韻文であり、詩であることを忘れてしまった俳句は俳句
ではないというのです。
江戸っ子俳人上田五千石は、このような句のことを「詩がねえ俳句」と断じていま
す。このHPに投句されるものの中にも、「詩がねえ俳句」が数多くあります。句が
出来上がったとき、どこに美を見出してその句を作ったのかを確認してください。作
者の感動がはっきりと読み取れる句なのどうかを確認してください。
読者は、作者の感動を追体験することでその俳句に感動するのです。作者の感動が
読み取れない俳句に読者が感動するはずもありません。
また、俳句としてのリズムが整っているかどうかもきちんと確認してください。何
が詠まれている句なのかまるで分からない俳句、句のリズムに配慮せず散文となんら
変わるところのない俳句など問題にもならないということを承知してください。
3 わけありの宿にきてみる大西日
「わけあり」が分かるのは作者のみです。また、季語が何の役にも立っていません。
5 父の忌や二百十日の甥の畑
読者は、作者の甥がどんな人か知りません。母とか父ならば普遍性がありますので、
読者にもわかりますが、甥とか叔父のような親族になると分かるのは作者のみとなり
ます。句中の言葉にもっと気を使ってください。
9 唖蝉の息を真中に蝉しぐれ
11 朝蝉のしじまの空を鳴ききって
13 凌霄の初心と違ふ蔓の逸れ
24 生真面目に川を上下の通し鴨
26 落日や低空乱舞蝉果つる
この五句ともに、どこに詩を感じたらよいのでしょう。作り物の感じが強く、いず
れも俳句は写生であるという認識が欠如しています。なぜいけないのかは、今回の講
評をよくお読みくださればご理解いただけるはずです。「詩がねえ俳句」にならない
ようによくよく注意をしてください。
30 夏の果少年の瞳(め)に海の色
「瞳」は「ひとみ」としか読めません。俳句は演歌ではありません。「瞳」が使い
たいのなら、ルビでごまかさないで、正々堂々と「瞳」を使ってください。
「少年の瞳(ひとみ)に夏の海の色」でごく自然な句となります。
38 七十歳しがらみうすれ涼しき身
俳句は作者の感慨を述べるには不向きです。作者以外には誰も分からないことでし
て、共感する人はいないでしょう。ご本人の日記に記す分なら格別の問題はありませ
んが。
43 屈みたる人埋まりし青田かな
青田に人が埋まってしまったのでは大事件です。
57 夏風邪の友より電話夜の駅
音数が不足するので「夜の駅」を取って付けたのですか。無駄な五音です。
58 涼しさは野仏に掌を合はせられ
「掌を合はせられ」たのはこの句の作者ですか。普通は人間のほうが手を合わせる
のですが。また、季語の「涼し」が何のためにここにあるのかも分かりません。 季
語は単なる季節の記号ではないということです。
68 輝いて大天の川太古より
自然はもともと「大」なるものです。「天の川」にことさら「大」を付けて修飾す
る必要などありません。「太古より」も情けない。当たり前のことを口走っても詩に
はなりません。
72 踊り見て帰ればいいと上がり花
何のことやら見当もつきません。言いたいことを一つだけ、読者に分かるように言
ってください。
73 歩道橋日傘と日傘の立話
中八は句のリズムを崩します。俳句は韻文であることをお忘れなく。これでは
「詩がねえ俳句」と言わざるを得ません。
77 二星や夏の大三角の中
「二星や」がまず何のことなのか分かりません。作者以外で分かるのはごく限られ
た少数の人でしょう。分からない方が悪いと言われればそれまでですが、わざわざ世
間を狭くすることはありません。
103 蜘蛛の囲に宿る雨粒曼陀羅華
「曼陀羅華」が、誰にでも理解されるか、あるいは独り善がりに過ぎないかという
ことです。
104 スカイツリー一番槍を狙ふ蟻
意味不明。あるいは、悪しき擬人法というものでしょう。不思議なことに、初心者
ほど擬人法を使いたがりますが、擬人法はよほどの練達の士でないと成功は覚束ない
ものと心得ておいてください。
114 病得て空き家となりぬ芋嵐
意味不明の句。俳句でお話は出来ない相談です。季語がなんの役にも立っていませ
ん。
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【
第135回目
(2010年7月)
HP俳句会 選句結果】
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| 【
坪野洋子
選 】 |
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| 特選:
ベランダに相寄る影や遠花火
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近藤信男(東京)
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磨る墨の香り涼しき写経かな
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康(東京)
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風涼し幼と流す笹の舟
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雪絵(前橋市)
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十薬を吊るや牛舎のがらんだう
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今埜 暁(東区)
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万緑へ大地踏みしめ太鼓打つ
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きよ(広島)
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棘先に雫光れる朝の薔薇
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みのる(大阪)
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老鶯の一声待ちつ茶をたてる
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悠(岡山県)
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朝採りの野菜抱へる夏帽子
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堅香子(さいたま市)
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草いきれ島に短き滑走路
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関根切子(東京)
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三日目も晴れで終りぬ梅雨の旅
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桔梗(神戸市)
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| 【
国枝 隆生
選 】 |
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| 特選:
草いきれ島に短き滑走路
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関根切子(東京)
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梅雨晴間身にまとふ風重かりし
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典子(赤磐市)
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基地囲ふ鉄条網に蛇の衣
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せいち(城陽市)
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万緑へ大地踏みしめ太鼓打つ
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きよ(広島)
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鳶職の足場に掴む夏の雲
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龍野初心(横浜市)
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緑蔭や陽射しにかざす万華鏡
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冬旅(上尾市)
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雲の峰崖まで並ぶ兵の墓
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眞人(さいたま市)
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棘先に雫光れる朝の薔薇
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みのる(大阪)
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梅雨深し駅舎に残る伝言板
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桔梗(神戸市)
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開け放つ黴の匂ひの文書蔵
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森垣昭一(東京)
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| 【
河原地英武
選 】 |
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| 特選:
父と子のサッカー談義夕端居
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恵啓(三鷹市)
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伊豆晴れて鳶の高舞ふ海開
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杉浦 太一(東京)
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磨る墨の香り涼しき写経かな
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康(東京)
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落雷に裂けし大木山下る
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山渓(岡崎市)
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基地囲ふ鉄条網に蛇の衣
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せいち(城陽市)
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坂の町海に下り行く夏日傘
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龍野初心(横浜市)
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ベランダに相寄る影や遠花火
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近藤信男(東京)
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雲の峰崖まで並ぶ兵の墓
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眞人(さいたま市)
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鳴らしみて江戸風鈴の品定め
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関根切子(東京)
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草いきれ島に短き滑走路
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関根切子(東京)
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| 【
鈴木みすず
選 】 |
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| 特選:
緑蔭や陽射しにかざす万華鏡
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冬旅(上尾市)
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十薬を吊るや牛舎のがらんだう
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今埜 暁(東区)
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基地囲ふ鉄条網に蛇の衣
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せいち(城陽市)
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坂の町海に下り行く夏日傘
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龍野初心(横浜市)
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雲の峰崖まで並ぶ兵の墓
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眞人(さいたま市)
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明易しパブ賑へるエディンバラ
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栗生晴夫(川崎市)
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鳴らしみて江戸風鈴の品定め
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関根切子(東京)
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草いきれ島に短き滑走路
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関根切子(東京)
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解体の土壁匂ふ梅雨湿り
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詩音(福岡県)
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潮の香や闇にきらめく祭舟
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森垣昭一(東京)
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※(各選者の特選は2点・並選を1点として計算し、最高点の方を最多入選賞といたします。
同点が3名以上の場合は該当者無しとさせて頂きます)
今月の最高得点者は、関根切子さん(東京)でした。「伊吹嶺」7月号をお贈りいたします。おめでとうございます!
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【講評】
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2010年7月 伊吹嶺HP句会講評 伊藤旅遊
32 基地囲ふ鉄条網に蛇の衣 せいち(城陽)
事実としては、基地の周囲の鉄条網に蛇の衣がかかっていたということです。しか
し、蛇の衣を心地よいと感ずる人はまずないと思います。ということから、作者はこ
の季語に、その鉄条網の向こうにある基地に対する思いを代弁させようとしたのでし
ょう。季語が生きて働いているというのはこのような句のことをいいます。
36 万緑へ大地踏みしめ太鼓打つ きよ(広島)
なによりも、「万緑へ」という運びが良いと思います。何かの行事で、太鼓を打ち
鳴らしている現場に作者は居合わせたのでしょう。時あたかも、見渡す限り緑一色に
包まれた季節。その生命力みなぎる場所で打ち鳴らす太鼓を、「大地踏みしめ」と見
てとったのが鋭いと言えます。
65 緑蔭や陽射しにかざす万華鏡 冬旅(上尾)
緑陰と言っても、一面ただ影ばかりではなく、ところどころに木漏れ日もあろうと
いうものです。その場所にあって、万華鏡をかざしてみたということですが、さて、
光と影の間で覗く万華鏡の映像とその色彩はどんなでしたでしょうか。想像するだに
楽しい句です。
76 雲の峰崖まで並ぶ兵の墓 真人(さいたま)
この句も32番の句と同様に、たんたんと事実のみを述べているのですが、抑制のき
いた表現にはかえって深い思いが籠められているものです。無数とも思われる兵の墓
のその先の空には雲の峰が立ち、それが墓標のようにも見えて、戦死した若者への深
い思いを作者はこの季語に託したのです。
92 草いきれ島に短き滑走路 切子(東京)
南西諸島のどこかの島の飛行場でしょうか。短きとあるからには大飛行場とは言え
ません。そこに降り立った作者が、まず感じたのは「草いきれ」であったのです。あゝ
遥か南の島へ自分は今やってきて、その土地に立っているのだという感慨がよく表さ
れています。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
俳句は十七音という極めて短い詩であるということはいつも申し上げていることで
すが、この十七音の中には季語も含まれていますので、実際に使える音数はもっと少
なくなります。
季語の中には「蚊」のように一音であるものや、「卯の花腐し」のように七音と長
いものもありますが、大部分は、四音か五音です。話を進めるために、季語は五音と
しておきますが、十七音から五音を引くと残りは十二音となります。この十二音で俳
句を作らなければならないことになるのですが、しかしこのような単純な引き算は成
立しません。季語があるからこそわずか十二音で作者の思いを表すことができるので
す。
季語は非常に連想力の強いことばであり、例えば「雲の峰」というだけで、そこか
ら連想は無限に広がるといってもよいでしょう。俳句はこうした季語の連想力に大き
く依存しています。句の中に何か季節の言葉を入れておけばよいと考えていては、そ
れでは十二音で表現できる範囲のことしか言えません。ですから、その十二音に無理
矢理なんでもかんでも詰め込んで、結局何を言っているのかわからない句を作ってし
まうことになります。
歳時記を丹念に読んで、季語の連想力をよく学んでください。季語の理解が深まれ
ば深まるほど、その人の俳句は大きな広がりをみせるようになります。これこそが俳
句上達の王道なのです。
4 出くわして幸先の良し鬼やんま
「出くわして」は「出くはして」と表記してください。新仮名遣いと旧仮名遣いを
ごちゃまぜに使うのはよくありません。
14 病む妻の横臥一年盆の礼
句の意味が分かりません。
15 駅頭に新茶振舞ふ絣の娘
「娘」を「こ」と読ませて平気な人がいて、有名な俳句雑誌にもこうした例を見ま
すが、賛成できません。「娘」は「むすめ」であって、これを「こ」と読ませようと
するのは俳人の甘えです。こんな姑息なことを覚えると、俳句の上達は望めません。
26 朝涼や仏に供ふ旅土産
「供ふ」は、下二段活用の動詞でして、ここは「旅土産」に続いていますので、連
体形の「供ふる」を使う必要があります。となると、字余りになりますので句を仕立
て直してください。このような誤りは電子辞書をひくことで、簡単に訂正できます。
辞書をひく手間を惜しまないでください。
30 夏芝に風の素通り坊主刈
句の意味がわかりません。
44 アイスクリーム失意の舌に痛くしむ
俳句では「失意の舌」のような主観的な表現は使いません。「もの」をきちんと写生するのが俳句です。独りよがりの理屈に共感する人はいません。
49 傘窄めATMにさみだるる
句の意味がわかりません。
53 炎天下グラウンド整備声が無く
単なる散文の切れ端です。
55 噴水の本気かしらとゆらめけり
56 矢も盾も持たぬ主義なり暑気払
この二句ともに、何が言いたいのかまるでわかりません。
83 縁台の祖父が眼裏うちわ風
84 文字摺の捩れいとしや父偲ぶ
この二句ともに意味不明です。
109 裏庭の竹に風よす夏座敷
このままでは意味がはっきりしません。「裏」などという不要な文字を省けば余裕
ができますので、はっきりした句にしてください。
115 奥の客叔父のやうなりカンカン帽
作者にしかわからない句です。作者以外に「叔父」をイメージできる人はいません。
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