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選句結果
     
第231回目 (2018年9月) HP俳句会 選句結果
【  坪野洋子 選 】
  特選 分校はとんがり屋根よ群蜻蛉 蝶子(福岡県)
   コスモスやポニーテールの駆けてゆく 康(東京)
   小走りの巫女の踝涼新た      正憲(浜松市)
   ベランダの花の鉢より虫の声 眞人(さいたま市)
   秋風の岬の鼻に親子馬 眞人(さいたま市)
   仙人掌の花や解体待つ団地 加藤剛司(名古屋市)
   命名の濃き墨の香や秋澄む日 吉沢美佐枝(千葉県)
   投釣りの放物線や雁渡る  筆致俳句(岐阜市)
   虫の音に更け行く終の住処かな 筆致俳句(岐阜市)
   波ガラス越しの二の丸櫨紅葉 彩楓(さいふう)(埼玉県)
【  国枝隆生 選 】
  特選 此処よりは旧き町名赤とんぼ 小春(神戸市)
   能面の目鼻の闇や月の庭 妙子(東京)
   水澄めり古城の影をさかしまに      康(東京)
   秋風の岬の鼻に親子馬 眞人(さいたま市)
   桐下駄の踵余らせ甚平の児 和江( 名古屋市)
   雨音の途絶えし夜半の虫時雨 暁孝(三重県)
   綾子の忌撫子活ける備前壺 町子(北名古屋市)
   深々と息吸ひ込みて大花野 伊藤順女(船橋市)
   土偶展出でて上野は蝉時雨 さよこ(神奈川県)
   霧纏ふ岩場に声を掛け合へり 蝶子(福岡県)
【  橋幸子 選 】
  特選 秋夕焼手押し車に鍬と犬 長谷川妙好(名古屋市)
   秋雲や靴職人の旅鞄 小川めぐる(大阪)
   天高し湖面を弾く滑空機      とかき星(大阪)
   小走りの巫女の踝涼新た 正憲(浜松市)
   ベランダの花の鉢より虫の声 眞人(さいたま市)
   沈金の息整へて夜長の灯 伊奈川富真乃(新潟県)
   秋霖や母口癖のケセラセラ 和江( 名古屋市)
   偕老の朝餉の窓辺小鳥来る 惠啓(三鷹市)
   秋暑し拉麺店の長き列 夏柿(岐阜県)
   捨て畑の身の丈越ゆる泡立ち草 鈴木八重子(蒲郡市)
【  長崎眞由美 選 】
  特選 半開きのノートパソコン秋の暮 白虎(広島市)
   駅前の昭和旅館や葉鶏頭 田中勝之(千葉県)
   茜雲修験の峰の蝉時雨      原馬正文(滋賀県)
   釉薬のかすかな起伏居待月 とかき星(大阪)
   沈金の息整へて夜長の灯 伊奈川富真乃(新潟県)
   仙人掌の花や解体待つ団地 加藤剛司(名古屋市)
   白線を直してりれー運動会 清風(鳥取県)
   投釣りの放物線や雁渡る  筆致俳句(岐阜市)
   分校はとんがり屋根よ群蜻蛉 蝶子(福岡県)
   山里の路のうせたる花芒 和久(米原市)

(各選者の特選は2点・並選を1点として計算し、最高点の方を最多入選賞といたします。
同点が3名以上の場合は該当者無しとさせて頂きます)

今月の最高得点者は、蝶子さん(福岡県)でした。「伊吹嶺」9月号をお贈りいたします。おめでとうございます!

【講評】


講評はまだありません。

          しばらくお待ちください。

                     宜しくお願いします。

第230回目 (2018年8月) HP俳句会 選句結果
【  武藤光リ 選 】
  特選 便箋に滲むインクや原爆忌 小林克己(総社市)
   秋はじめ二円切手を五枚買ふ 垣内孝雄(栃木県)
   空蝉や訪ふ人もなき元寇跡      鶴翔(福岡市)
   神主の祝詞涼しき地鎮祭 康(東京)
   一歩二歩とリハビリの窓雲の峰 和江(名古屋市)
   絵手紙の小さき落款涼新た 小川めぐる(大阪)
   昼寝の児頬に付けゐし茣蓙の筋 あけみ(北名古屋市)
   開け放つ里の座敷の大昼寝 ときこ(名古屋市)
   万緑や川音だけの秘境駅 夏柿(岐阜県)
   血圧計巻く二の腕や秋暑し 幹弘(愛知県)
【  伊藤範子 選 】
  特選 子の辞書に付箋増えたる夏休み 蝶子(福岡県)
   青芝に光の棘のごとき雨 中島(横浜市)
   吾もまた入る墓なり洗ひけり      眞人(さいたま市)
   便箋に滲むインクや原爆忌 小林克己(総社市)
   ビル街に残る屋根神夏燕 吉田正克(尾張旭市)
   ポケットに貝の欠片や夏の果 ときこ(名古屋市)
   女湯の板塀に穴猫じゃらし うさぎ(愛知県)
   やはらかき刺身に飽きて生身魂 比々き(東京)
   夕餉あと火星涼しき二階窓 サトコ(北名古屋市)
   地蔵盆雀小枝を玩び 小春(神戸市)
【  奥山 ひろ子 選 】
  特選 ダンプカータイヤ洗ひて盆休み 長谷川妙好(名古屋市)
   もろこし食ぶ脚ぶらぶらと縁側に 田中洋子(千葉県)
   打水や三本立ての映画館      加藤剛司(名古屋市)
   糠床をかへす手の艶涼新た 伊奈川富真乃(新潟県)
   山寺の経に和したり法師蝉 町子(北名古屋市)
   絵手紙の小さき落款涼新た 小川めぐる(大阪)
   昼寝の児頬に付けゐし茣蓙の筋 あけみ(北名古屋市)
   ポケットに貝の欠片や夏の果 ときこ(名古屋市)
   終戦日黙の正午の甲子園 和久(米原市)
   夕餉あと火星涼しき二階窓 サトコ(北名古屋市)
【  渡辺慢房 選 】
  特選 でで虫の角の先なる水車小屋 吉沢美佐枝(千葉県)
   糠床をかへす手の艶涼新た 伊奈川富真乃(新潟県)
   青芝に光の棘のごとき雨      中島(横浜市)
   天の川まなかひにあり槍の峰 詩子(長野県)
   波音や大の字で待つ流れ星 和江(名古屋市)
   便箋に滲むインクや原爆忌 小林克己(総社市)
   絵手紙の小さき落款涼新た 小川めぐる(大阪)
   水桶の豆腐切り分け鰯雲 徳(山梨県)
   桔梗や裂き織にする母の衣 勢以子(札幌市)
   ポケットに貝の欠片や夏の果 ときこ(名古屋市)

(各選者の特選は2点・並選を1点として計算し、最高点の方を最多入選賞といたします。
同点が3名以上の場合は該当者無しとさせて頂きます)

今月の最高得点者は、小林克己さん(総社市)でした。「伊吹嶺」8月号をお贈りいたします。おめでとうございます!

【講評】


       2018年8月伊吹嶺HP句会講評        渡辺慢房


1  台風裡一句の切れを如何にせむ  

 台風のさなかでも句作に励まれているのですね。中七下五が作者の心中の言葉を吐露
しただけであり、読者に訴えるものが無いのが残念です。

2  高原の旅愁いよいよ秋桜  

 高原と言えば、旅行などで訪れているのだろうということはわかります。「旅愁」の
ような言葉を使わずに、物を通して読者にそれが伝わるように詠めると良いですね。

3  秋はじめ二円切手を五枚買ふ  

 「二円」「五枚」の具体的な数字が活きているでしょうか?

4  トーストの焦げ目くつきり大文字  

 トーストと大文字焼の取り合わせの句なのか、焦げ目が大文字焼のように見えるとい
う見立ての句なのか・・・・いずれにしても、トーストと大文字焼が響きあっていない
と感じました。

5  千代紙の優し色柄鳳仙花  

 「優し色柄」は千代紙の説明で、言わなくてもわかりますので、どんな色・柄なのか
を具体的に詠むと良いと思います。

6  もろこし食ぶ脚ぶらぶらと縁側に  

奥山ひろ子氏評−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

 食べているのは子供でしょうか。「脚ぶらぶらと」の表現が夏の田舎の風景を写し取
っていると思います。

渡辺慢房評−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

 最近は縁側のある家が少なくなり、こういう景もなかなか見られなくなりましたね。
一物の句ですが、あえて上五を「や」で切るのも良いと思います。「もろこし」は、実
は玉蜀黍とは別種で、コーリャンなどの仲間の穀物だそうです。「とうきび」は、玉蜀
黍の別称としても、もろこしの別称としても用いられます。「とうきびや脚ぶらぶらと
縁側に」

7  秋風やコンコース吹き抜けて  

 投句される際の入力ミスでしょうか?中七が五音になっています。

8  指組みて仏の亡父や盆の風  

 「指組みて」とありますので、遺影ではなく、ご遺体の様子を詠まれているのだと思
います。ご遺体の指を組ませるのは普通のことですので、もっとお父様独特の様子がわ
かると良いと思いました。また、「盆の風」という季語は無いのではないかと思います。

9  擦れ違ふ船に手を振る夏帽子  

 いろいろな景が想像できる句ですが、私は漁船の麦藁帽ではなく、水上バスなどの観
光船を思い描きました。こちらの船では子供達が手を振り、それに応えて向こうの船か
ら鍔広の帽子の女性が手を振り返している。潮の香や水鳥の声も聞こえそうです。

10  打水や三本立ての映画館  

奥山ひろ子氏評−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

 「三本立て」でロードショウではなく、旧作、名作であることを表現しています。
きっと大きな都市ではなく、各駅停車しか止まらないくらいの小さな町か、下町の映画
館ではないでしょうか。映画館の前の道が「打水」できる、車より人の往来がある風景
が浮かびました。三本立ての映画を楽しめる時間的余裕があることも、のんびりした感
じで味わいを感じます。

渡辺慢房評−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

 懐かしい景ですね。三本立ての映画館は「名画座」と言い換えれば、更に句に広がり
を持たせられますね。

11  朝焼のゴッホタッチの雲流れ  

 切れが無く、締まりのない印象です。「ゴッホタッチの雲」が具体的でなく、私は
「星月夜」のちょっと不気味な景を思い浮かべてしまいました。

12  合図待ち船出揃って昆布漁  

 この句も切れが無く散文的です。事実の報告に過ぎず、何に感動されたのかがわかり
ません。

13  蝉しぐれ夜半過ぎてもまだ止まず  

 この句も切れが無く散文的で、報告に過ぎません。

14  晩夏なり昭和歌謡の「深夜便」  

 NHKラジオのラジオ深夜便ですね。昭和歌謡がかかるのは3時〜4時だったと思いま
す。一年を通して同じような番組構成ですが、季語が活きているように思いました。

15  子規の忌や二本目の串団子食む  

 子規と団子がちょっと付き過ぎの感じがしました。17音に収まっていますが中七下
五が破調ですので、「二本目の串団子食む子規忌かな」「串団子二本食ひたり獺祭忌」
等と推敲されては如何でしょうか。

16  神域に転がる下駄や星流る  

 申し訳ありませんが、句の意味が取れませんでした。神社の境内に下駄が転がって
(または、転がっていて)、空を見ると流れ星が飛んだ・・・ということでしょうか?

17  夾竹桃命を燃やす広島忌  

 夾竹桃と広島忌の季重なりです。どちらも強い季語なのでぶつかり合ってしまいます。
また、中七が上五に係るのか下五に係るのかがわかりません。

18  朝顔の藍深くする朝日かな  

 実際に見て作った句でしょうか?「藍深くする」は、藍色が濃くなったという意味と
思いますが、光があたるとむしろ鮮やかさが増すのではないかと思いました。

19  石段に膝が笑ふや蝉時雨  

 長い石段の途中で立ち止まり、汗をぬぐっている作者の様子が見えてきます。季語が
活きていますね。

20  リハビリの終のいつぞや炎暑かな  

 一句の中に「や」と「かな」の切字を一緒に使わないということは、俳句の定石となっ
ています。何事にも例外はあり得ますが、よほどの必然性が無い限りは、定石を守った
方が良い句が得られます。

21  トンネルを眩しさへ出づ草いきれ  

 旧道の古いトンネルでしょうか? トンネルの暗くひんやりした雰囲気と、むせるよ
うな草いきれの対比が良いですね。ただ、「トンネルを眩しさへ出づ」は類想が多いよ
うに思いました。

22  夕立晴カレーの匂う換気口  

 下町情緒という感じですが、下五に推敲の余地があるように思いました。確かに匂い
は換気口から出るのでしょうが、もうちょっと広い範囲を見回して、詩情のある情景を
得られればと思います。

23  でで虫の角の先なる水車小屋  

 印象的な映像の句です。手前にカタツムリのアップが映り、その向こうにフォーカス
がにじんだ水車小屋が見えます。周りに咲いている花の色なども見え、水の音が聞こえ
てきます。

24  底見せて逸る瀬音や朴の花  

 朴の花は、下から見上げても良く見えないことが多いのですが、良い香りがするので
作者はそれと気付いたのでしょう。作者の視線は早瀬に向いていますが、五感で季節を
感じておられます。

25  糠床をかへす手の艶涼新た  

奥山ひろ子氏評−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

 面白いところに「涼」を感じられたと思います。同時に感覚の鋭さも感じました。
「糠床をかへす」という具体的な行為が生活者ならではの句だと共感いたしました。

渡辺慢房評−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

 糠漬けに使う野菜は、茄子や胡瓜などの夏野菜です。糠は昔、風呂で体を磨くのに糠
袋として使われていたように、肌をきれいにしてくれます。秋の立つ頃、ひと夏糠床を
混ぜ続けた手にふと艶を感じ、同時に季節の移ろいも感じたのですね。

26  月見豆空五倍子色の灰汁吐けり  

 空五倍子色(うつぶしいろ)という言葉が、ちょっとものものしく感じました。枝豆
を茹でると多少の灰汁が出ますが、空五倍子色というほど茹で汁が濁った記憶はありま
せん。

27  旅立ちを悼む友への蝉時雨  

 旅立ちとは、彼岸への旅立ちのことと思います。蝉時雨がご友人を悼んでいるように
詠まれていますが、中七を「や」ではっきりと切って、蝉時雨を取り合わせた方がずっ
と効果的に響くと思います。

28  夏の夜の怪談談義風騒ぐ  

 「怪談談義」とは、怪談のことをテーマに談義をするのでしょうか? 怪談を季語と
している歳時記もありますので、上五は不要と思います。下五もありきたりな措辞に感
じました。

29  決壊の赤茶見渡す朝曇  

 この夏の大雨の被災地にお住まいの方でしょうか? 先ずはお見舞い申し上げます。
朝曇りは、暑くなる前触れと言われており、作者のやるせない気持ちが伝わります。
「見渡す」という動詞の代わりに、赤茶のものがより具体的にわかるように写生される
と良いと思いました。

30  登校の声の聞こえぬ夏休み  

 夏休みですから、子供たちが登校しないのは当たり前ではないかと思いました。

31  白浜の砂一粒や夏帽子  

 夏帽子から、砂がこぼれたという句材は良いですね。「白砂を落として仕舞ふ夏帽子」
等、物語が感じられるような推敲も可能と思います。

32  散髪をすませ出ていく蝉時雨  

 うるさいとも思える蝉時雨ですが、散髪を済ませてさっぱりした作者には、鬱陶しい
とは感じないのでしょう。「済ませる」「出る」「行く」と動詞が多いので、「髪切り
て帰る自転車蝉時雨」等、推敲されると良いと思います。

33  叩くやうに団扇夏日星爛々  

 団扇と夏日と爛々の三か所で切れており、作者がいつどこにいるのかが良くわかりま
せんでした。

34  次々とサイレン過ぎる熱帯夜  

 サイレンというと、冬の夜の火事を連想しますが、熱帯夜で熱中症が多発したのでしょ
うか?

35  灼けてこそ光る腕の球児かな  

 「灼けてこそ」が、球場・グランドが熱くなっているという意味なのか、球児の腕が
焼けているという意味なのかがわかりませんでした。いずれにしても、作者の主観が強
く出過ぎていて、読者の共感が得られるかは疑問に思いました。

36  寝たふりの猫と眼の合う盆用意  

 季語が動きます。

37  出勤に立ちはだかりし雲の峰  

 比喩が大げさかつ陳腐に感じました。

38  漁火の見え来て終る大花火  

 漁火は、沖合に小さく見えるもので、花火大会の最中に気にする人は少ないのではな
いかと思います。漁火を見て、「ああ、漁火が見えてきたので、花火大会の終わりが近
づいたな・・」などと思う人もいるのでしょうか?

39  空蝉や訪ふ人もなき元寇跡  

 出来ている句と思いますが、元寇跡をネットで検索すると、元寇防塁・元寇防塁跡が
ヒットしますので、元寇跡という言い方が一般的なのかが気にかかりました。

40  千年経つ元寇跡や花とべら  

 上五が「元寇跡」の説明です。元寇跡の現在の様子を具体的に写生されると良いと思
います。

41  花火待つテトラポッドのほてりをり  

 青春の一コマという感じですね。テトラポットの火照りは作者の心の火照りを連想さ
せ、一緒に花火を待っている人の気配もしてきます。

42  青芝に光の棘のごとき雨  

 鋭い比喩と思いました。舗装された路面でなく青芝のため、雨粒の跳ね返りや波紋な
どが無く、雨が次々に突き刺さって行く様子が見えてきます。

43  泉湧くおどる小石の手玉ごと  

 泉を「湧く」と言う必要はありません。また、小石が躍ると言えば、お手玉に喩える
必要もありません。

44  えご散りて池の面白く流れ見ゆ  

 えごの白い花が散って池に落ちたので池の水面が白くなり、普段は見えない水の流れ
が見えたという句意と解しましたが、理屈っぽく説明的に感じました。

45  神主の祝詞涼しき地鎮祭  

 地鎮祭は更地で行われますので、炎天下で祝詞を聞いているのだと思います。その祝
詞を涼しく感じるというのは、作者の澄んだ心のせいでしょうね。ただ正直なところ、
私にはちょっと綺麗ごとすぎるような気もしました。

46  慶州へ至る街道花木槿  

 慶州は韓国の地名かと思います。韓国と木槿は、ちょっと付き過ぎのイメージがあり
ますね。(たしか、前大統領の名前にも使われていたと思います。)

47  立秋や守衛室から珈琲香る  

 立秋と珈琲の香りの取り合わせは悪くないと感じましたが、下五が7音になってしまっ
たのは致命的と言って良いと思います。

48  溢蚊や窓際の吾を刺しもせず  

 人を刺す力もないというのは、溢蚊という季語のイメージに含まれます。また、中七
の字余りは、よほどのことが無い限り避けましょう。

49  三叉路に早門火焚く老夫婦  

 門火とは、文字通り家の門で焚くから門火と言うのですが、それとは別に、三叉路な
どで焚く「早門火」というものがあるのでしょうか?

50  花茗荷庭に夜明けの光満つ  

 夜明けとは、東の空が白んで明るくなってくる頃を言いますので、夜明けの光という
と、東の空に見える明かりであり、庭に満ちるようなものではありません。「朝の光」
として推敲されては如何でしょうか。

51  源流の川底澄みて夏光る  

 「夏光る」という季語は無いと思います。

52  天の川まなかひにあり槍の峰  

 雄大な句ですね。槍ヶ岳の山頂から天の川を見上げているとも解せますが、私として
は、天の川と槍ヶ岳の両方が視界に入っていると読んだ方が理屈っぽさが無くなり、映
像的にも良いと思います。

53  とんぼ群飛ぶ早暁のスキー場  

 冬になって雪が降ればスキー場として使われる場所なのでしょうが、雪が無い時には
別の言い方をした方が良いと思います。

54  木洩れ日の黄金堤や秋の蝉  

 季語が動くように思いました。

55  小豆打つ母は筵に膝立てり  

 小豆を打つ様子を描かれていますが、独自の視点が無いため、季語の説明に近くなっ
てしまいました。

56  山寺の経に和したり法師蝉  

奥山ひろ子氏評−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

 そもそも「法師」とは僧のことなのですよね。その名を賜った「法師蝉」が「経に和」
すというのは必然という感もありますが、あえて句に詠まれた点にユーモアを感じまし
た。「和」すという表現も人と昆虫の共存を感じさせて素敵な表現だと思います。「山
寺」は永平寺級の大きなお寺を想像しました。

渡辺慢房評−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

 「経に和したり」と擬人化して詠まれていますが、「法師(蝉)」が「経に和す」では、
出来過ぎていてわざとらしさを感じてしまいます。経の声は経の声、蝉の声は蝉の声と
して詠んだ方が、衝撃が生まれ、句に奥行きが出ると思います。

57  吾もまた入る墓なり洗ひけり  

 季語の説明です。掃苔・墓洗うという季語には、父祖を偲び、自分の来し方行く末を
思う気持ちがすでに込められています。

58  足元の明るきうちに門火焚く  

 事実を詠まれたのかもしれませんが、詩情が無く報告の域を出ていないと感じました。
また、「足元の明るいうち」という慣用句は、状況が悪くならないうちにという意味で、
ネガティブなシチュエーションで使われることが多いと思います。

59  添状に梅干す姉の日々見ゆる  

 完全に作者の内面的なことで、読者に伝わるものがありません。また、切れが無く、
俳句というよりも散文に近いです。

60  人増へて車も増へて里の盆  

 お盆で帰省する人が多いので、人や車が増えるという理屈であり、報告です。

61  一歩二歩とリハビリの窓雲の峰  

 明るく逞しい雲の峰で、心を奮い立たせている様子が伝わります。上五に工夫の余地
があるように思いました。

62  波音や大の字で待つ流れ星  

 ペルセウス座の流星群がありましたね。ご覧になったのでしょうか? この句を読ん
で、私も体が宙に浮かんでいるような気がしてきました。

63  便箋に滲むインクや原爆忌  

 「物に托して心を詠む」ということを、よく理解されている句と感じました。

64  八月や鉛色したきのこ雲  

 この句も原爆のことを詠まれたものであり、直接心情は述べられていませんが、こち
らは薄っぺらい感じがします。「鉛色したきのこ雲」は原爆を象徴するものですが、あ
まりに普遍的なイメージで、雑誌やTVの写真を見た程度の感動しか覚えません。やはり、
自分の眼で見、耳で聞いたものにはかないません。

65  河馬の眼の乾き切ったる炎暑かな  

 一読、「本当かな?」と疑ってしまいました。河馬の眼が乾いているか湿っているか、
どうすればわかるのでしょう?

66  ジョギングの距離を延ばして今朝の秋  

 秋になって涼しくなった→走る距離を伸ばしたという、理屈・因果関係が感じられる
ので、理屈っぽい句となってしまいました。ジョギングの途中で、ふと秋を感じた何か
を詠まれると良いと思います。

67  終戦記念日フイルムは擦り切れる  

  句の意味が良くわかりませんでした。終戦記念日には、戦時中の様子を写した8ミリ
映画のフィルムが、擦り切れるほどよく放映されるという意味でしょうか? もしそうだ
とすると、理屈っぽい散文です。

68  三つ揃いのしつけを解けば今日の秋  

 スリーピースの服の躾糸を解くことに秋を感じたということに、ぴんと来ませんでした。

69  手花火の彩るこより万屋に  

 手花火が紙縒りを彩るという意味がわかりませんでした。また、句に切れが無く調べ
が散文的です。

70  寸足りぬ妣の浴衣の花模様  

 作者が、亡くなった小柄なお母さんの浴衣を着ているのでしょうか? その浴衣が花
模様であることに、特別な感慨があるとは感じられませんでした。

71  乞食や傘を杖とし稲の花  

 乞食は、こじきと読むと物貰い、こつじきと読むと托鉢僧の意味となります。この句
では音数からこつじきと読むのだと思いますが、傘を持って歩く托鉢僧がいるのか、疑
問に思いました。また、季語が動くようにも思いました。

72  酔芙蓉言葉に惚れて花に酔ふ  

 句の意味が分かりませんでしたが、少なくとも目に見える映像を詠んだものではなく、
作者の考えだした理屈を述べたものと感じました。

73  片蔭を拾い拾いつ延暦寺  

 片陰を拾うという表現が面白いと思いましたが、延暦寺という固有名詞が活きている
とは、私には感じられませんでした。

74  帰り来て無垢になるまで墓洗ふ  

 墓洗うという季語は、父祖の墓に詣でるために帰省することや、一心不乱に墓を磨く
ことまでを含みます。ちょっと厳しいとは思いますが、この句は「季語の説明」の範疇
であると感じました。

75  ビル街に残る屋根神夏燕  

 一見ビル街に見えても、よく注意してみると昔ながらの屋根神が祀ってある家があっ
たり、燕が飛んでいたりと、古いものや自然の営みがまだまだ残っているのに気付かれ
た驚きと喜びが感じられます。

76  雷雲や甍に陣取る鬼の面  

 雷と鬼が付き過ぎに感じました。中七が字余りである点も、推敲不足を感じます。

77  葉の上を際どく転ぶ芋の露  

 季語「芋の露」の説明です。

78  打ち上げて夢を広げる大花火  

 季語「花火」の説明です。

79  海開き砂の女は駆り出され  

 砂の女とは、阿部公房の小説のことかと思いましたが・・・・意味が分かりませんで
した。

80  追分を西へ行くのか鬼やんま  

 蜻蛉が西へ向かうことに、何か特別な意味があるのでしょうか? この句も意味が分
かりませんでした。

81  いま来るか 流し素麺 蝉時雨  

 真夏の流し素麺の様子を詠まれています。「いま来るか」というのは、作者が心で思っ
たことですが、それをそのまま言わないのが俳句です。写真を撮るように映像を詠んで、
「いま来るか」と思っているワクワク感を表現しましょう。

 なお、素麺(冷索麺)と蝉時雨は、どちらも夏の季語です。理由は今は省略させて戴
きますが、一つの句に二つ以上の季語を使わないというのが、俳句のセオリーの一つで
す。

 また、最近はTVなどで、俳句を三つに区切って書いているのを見ることが多いですが、
俳句は分かち書きせずに、縦に一行で書くものです。(PCの場合、やむを得ず横書きと
なりますが・・・・)

82  炎天下 腹べったりと 柴の犬  

 「腹べったりと」は、犬が腹を地面にべったりとつけているという意味で、俳句らし
い良い省略だと思います。「柴の犬」は、犬種としてのシバイヌのことと思いますが、
音数合わせで固有名詞を変形させるのはNGです。秋田犬を秋田の犬とすると、秋田県に
いる犬の意味になってしまうし、プードルをプーのドルとしたら、わけがわかりません。

83  シャッターの錆色の波晩夏光  

 このシャッターは一枚ではなく、道路に沿って錆びたシャッターが波のように連らなっ
ているさびれた商店街のことと解しました。晩夏光がかつて賑わっていたころの街並み
を思わせ、やるせなさが漂います。

84  盆過ぎの天へ連なる海の碧  

 お盆を過ぎると秋の気配が濃くなり、空や海の青は一層深みを増します。ただ、盆と
いうのはそれ自体深い意味のある行事ですので、一年の中のある時期を表す言葉として
は、もっと適したものが無いのかな?という点が気になりました。

85  先導の声に涼しさ賜はりし  

 何の先導なのかがわからないため、何故涼しさを感じたのかもわかりません。

86  ラーメンの列ながながと盆休み  

 「ラーメンの列」は、人気のラーメン屋で順番待ちをする人の列という意味と思いま
すが、省略にちょっと無理があります。大食いイベントか何かで、丼に入ったラーメン
が並べられているようにも読めました。盆休みは、墓参りを済ませてしまえばあとは特
にやることもなく、ラーメンでも食べるかと出かけてきた人たちを句材にしたのは面白
いですね。

87  絵手紙の小さき落款涼新た  

奥山ひろ子氏評−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

 「落款」は朱色なのだと想像しました。淡い水彩画に朱の落款がピリリと効いて、風
情のある絵手紙。くっきりと押された落款に作者は涼を感じられたのですね。添えられ
たのは俳句だったのでしょうか。想像が広がる句だと思いました。

渡辺慢房評−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

 絵手紙に捺す落款ですから、小さいものなのでしょう。そこに目を止め、新涼を感じ
た作者は、常に身の回りにある季節の声を聞き漏らさないように感性を研いでいるのだ
と思います。

88  秋渚小さき貝殻のみ拾ふ  

 詩情が豊かな句ですね。このままで良いと思いますが、上五を「浜の秋」とすると、
ここに小さな切れが生まれて、秋の浜辺の全景から、足元の貝殻に映像が切り替わる効
果が出ると思います。

89  炎天の鯖街道に道祖神  

 この句は、上五を「炎天や」と強く切ると、ぐっと良くなります。

90  ダンプカータイヤ洗ひて盆休み  

奥山ひろ子氏評−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

 特選に頂きました。「ダンプカー」という思い切った素材を上5に据え、〈盆休み〉
という日本人の懐かしい原風景を共有できる季語を用い、生活の一コマを生き生きと詠
まれています。日ごろのお仕事への誇りと、一休みというホッとした感が、「洗ひて」
に集約されていると思います。また「タイヤ」と洗った場所を限定されている点が具体
的で一歩踏み込んだ写生になっていると感じました。

渡辺慢房評−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

 盆休みの前に洗車をしたのだと思いますが、タイヤのほかは洗わなかったのでしょう
か? タイヤと特定した理由がわかりませんでした。

91  青田風バス停猫の昼寝かな  

 青田風^バス停^猫の昼寝かな^と、切れが三か所にあるため、句がぶつ切れになっ
てしまいました。 

92  青田風5分遅れのバスを待つ  

 まだ来ないバスを待っているのに、なぜ5分遅れとわかるのでしょうか?

93  原爆忌二つ歳時記分かちをり  

 原爆忌は、8月6日の広島、9日の長崎の両日を言いますので、「二つ」というのは
わかるのですが、「歳時記分かちをり」の意味がわかりませんでした。

94  山の日や草花を愛で木々を愛で  

 山だから、草花や木々というのは、安直な発想に感じました。

95  炎昼や蛇口捻ればお湯の出づ  

 確かにそうなのですが、当たり前のことの報告に過ぎません。「蛇口捻ればお湯の出
づ」は、炎昼という季語のイメージに含まれますので、これも「季語の説明の句」の一
つです。

96  昼寝の児頬に付けゐし茣蓙の筋  

奥山ひろ子氏評−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

 ぐっすり寝たのですね。「茣蓙の筋」とあるので、海の家あたりでしょうか。無造作
に寝転んだ様子が想像でき、子供らしいなと感じました。夏ならではの句ですね。

渡辺慢房評−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

 微笑ましい景ですが、類句・類想が多いように思いますので、もっと掘り下げたいと
ころです。なお、この句の主季語は昼寝ですが、夏、寝るときに使う寝茣蓙、花茣蓙も
季語になっています。

97  一病に麦入りご飯日日草  

 「一病に麦入りご飯」というのは、麦飯は体に良いということを言っているのでしょ
うか? そのことと季語の響きあいが感じられませんでした。

98  おばちゃんのプリーツへたるアッパッパ−   

 私は服飾などには疎いのですが、プリーツがついたあっぱっぱというのがあるのでしょ
うか? 私の知っているあっぱっぱは、かぶって着るだぶっとした簡易服ですが・・・。

99  新盆の兄に捧げるワンカップ  

 お酒好きのお兄様だったのですね。捧げるは大げさなので、供えるでしょうか。ただ、
お盆に故人の好きだった酒を備えるというのは、句材としてちょっと平凡ですね。

100  夏休み高校生の孫は来ず  

 がっかりされたでしょうが、句材にはなりません。単なる報告・・・というより、独
り言に過ぎません。

101  水桶の豆腐切り分け鰯雲  

 昔ながらの豆腐屋さんでしょうか? いつものように豆腐を切り分け、ふと窓に目を
やると空には鰯雲が・・・。豆腐と鰯雲の質感が、微妙に響きあうように思いました。

102  山裾の馬の背分ける夕立かな  

 最近は局所的な豪雨が多いですね。この句は、「馬の背を分ける」という慣用句に寄
り掛かりすぎて、深みが無くなってしまったように思いました。

103  ざぶり雨列の途絶へし蟻の塚  

 「ざぶり雨」は、激しい雨のことを言ったのだと思いますが、俳句の言葉として、練
られていないと感じました。「列の途絶へし」が、「蟻」に係るのか、「蟻の塚」に係
るのかがはっきりわかると、より鑑賞しやすくなります。

104  揚羽蝶今日も三時に庭訪ひ来  

 報告的な句ではありますが、作者の素直な驚きと嬉しさが感じられて、微笑ましく思
いました。明日も楽しみですね。

105  太陽をぎゆつと閉ぢ込めトマト熟る  

 広告かCMのコピーのように感じました。しゃれたこと、気取ったことを言おうとしな
いのが、俳句を詠む際の心構えとして大切です。

106  母のゐる夢見てゐたり昼寝覚  

 「母のゐる夢見てゐたり」は、「母の夢」として、推敲の余地があると思います。

107  花あげて広葉波うつ南瓜畑  

 「花あげて」「広葉波うつ」の意味が良くわかりませんでした。広葉とは、南瓜の大
きな葉のことでしょうか? 稲の場合は青田波という言葉がありますが、南瓜の葉が波打
つというのはピンときません。

108  桔梗や裂き織にする母の衣  

 お母様の着物を、裂き織で新しいものに生まれ変わらせようとしているのですね。季
語の桔梗が、お母様の人柄・様子を偲ばせます。

109  改札を通る長袖秋立つ日  

 秋になったから→長袖を着たという、理屈・報告です。

110  揚花火しづくとなりて落ちにけり  

 花火の燃え尽きる際の様子をしずくに喩えたのがこの句の眼目ですが、「季語の説明」
の域を出ていないように思いました。

111  開け放つ里の座敷の大昼寝  

 「開け放つ里の座敷」は「夏座敷」と言った方が良さそうですが、そうすると「昼寝」
と季語が重なってしまいますね。この句はむしろ、「夏座敷」を主季語とし、「まどろ
む」等の言葉で句に仕上げてみては如何でしょうか?

112  ポケットに貝の欠片や夏の果  

奥山ひろ子氏評−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

 楽しかった夏が静かに過ぎ去ろうとしている景がよくわかりました。ポケットに指を
入れた瞬間指先に当たった「欠片」で、一気に記憶がよみがえった感じが伝わりました。
この夏があっという間に過ぎ去り、海の思い出はやや忘れかけていた感じも表している
と思います。

渡辺慢房評−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

 センチメンタルで若々しさが感じられます。この句は、中七にあえて切字を使わない
方が良いように思いました。「ポケットに一片の貝夏の果」

113  青柿や孤島の畑に日の暮れて  

 季語が動くように思いました。

114  女湯の板塀に穴猫じゃらし  

 板塀で囲まれた粗末な風呂、地元の人が入りに来る無料の温泉などでしょうか? 女
湯が覗けるようになっていても、誰も気にしない大らかさが伝わりますね。この句もや
や季語が動くように思いました。

115  新蕎麦を手繰る秩父や昼の雨  

 雨の日の新蕎麦、風情がありますね。ぬる燗の一本も欲しいところです。ところで、
蕎麦を「手繰る」という表現は、もともとは噺家や職人等の隠語に近いものではないで
しょうか? 最近よく見るようになった印象ですが、まだ俳句で使えるほどには熟れて
いないような気がします。

116  蜩や遊び食べする子の旋毛  

 季語が動きます。

117  子の辞書に付箋増えたる夏休み  

 日常の中で気付いたささやかなことを見逃さず、句にする力のある方と思いました。
ただ、夏休みだから→勉強をするので→辞書に付箋が増えた という理屈っぽさも若干
感じました。

118  打ち水に突進したる子の笑顔  

 突進してどうなったかまで見えると良いですね。「笑顔」は言わなくても自ずとわか
るでしょう。

119  迎火や煤けし梁に父祖遺影  

 上五の季語が、中七下五と付き過ぎです。また、家の外の景と室内の景が同時に読ま
れているので、作者の立ち位置がわかりません。

120  渓谷のオープンテラス風涼し 

 「渓谷のオープンテラス」で涼しさは十分感じられますので、別の季語を取り合わせ
た方が句に広がりが生まれると思います。


121 万緑や川音だけの秘境駅 

 万緑という季語は、単に一面が草木の緑で染まっているというだけでなく、そこに満
ち溢れる生命感や輝きをイメージとして含みます。それが、川の音しかせず静まり返っ
た秘境駅と、良い対比になっていると思いました。

 「秘境駅」という言葉は、最近よく聞きますが、おそらくマスコミ等の造語で、大げ
さであり、言葉として矛盾を含む(駅のあるようなところは秘境とは言えない)ので、
俳句で使う場合は注意が必要です。

122 秋立つや英国古代世界地図 

 季語が動きます。また、中七下五の言葉が寸詰まりで、意味が取りにくく思いました。

123 盆踊男は持てぬ身八つ口 

 草城の「春の灯や女は持たぬのどぼとけ」を思い出しましたが、「身八つ口を持つ
(持たない)」という言い方をするでしょうか? 「身八つ口がある(無い)」の方が
自然だと思いました。

124 やはらかき刺身に飽きて生身魂 

 高齢を気遣って、やわらかいものばかり食べさせられて、ちょっと辟易しているとい
う、お気の毒な中にも微笑ましさが感じられます。刺身全般をやわらかいと言っている
のか、特定の魚介類の刺身がやわらかくて、それに飽きてしまったと言っているのかが
わかりにくく思いました。

125 山の日や点呼のこゑの木霊せり 

 学生等の集団登山の点呼でしょうか? 山の日等の季語を使う場合、山に関連したこと
を詠むと、季語の説明的な句になったり、類句・類想の多い句になりがちです。「季語
は離して使う」のが、俳句のコツの一つです。

126 終戦日黙の正午の甲子園 

奥山ひろ子氏評−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

 若者のスポーツの熱戦である「甲子園」で、祈りが捧げられるという場面の対比が印
象的です。「黙の正午」で、正午のサイレンが浮かびます。野球を楽しめる平和な時代
のありがたさをしみじみ感じさせる御句です。

渡辺慢房評−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

 「終戦日の正午に、甲子園でも黙とうが捧げられました」という、報告的な句に感じ
ました。例えば「マウンドに垂るる首や終戦日」等とすると、映像が具体的になり、上
五中七と下五の季語の間に飛躍があるので、広がりが生まれます。

127 旱空御嶽山も雨恋し 

 旱だから雨が恋しいということをそのまま言っても詩にはなりません。

128 山里に音はじけ飛ぶ揚げ花火 

 「揚げ花火」と言うだけで、読者はその色や光や形や音が想像できますので、「音は
じけ飛ぶ」と言う必要はありません。花火は普通、水辺や草原のようなところで揚げま
すが、山里のようなところで揚げて危なくないのかな?と思ってしまいました。

129 八月の浄土ヶ浜の余波かな 

 「余波」は「よなみ」と読ませるのでしょうか? 辞書にはそのような読み方は載っ
ていないと思います。「よは」では字足らずですね。

130 料理人産地タグ見せさばく鮎 

 体言止めになってはいますが、散文的で、報告的な内容です。

131 雨あがる別烏の朝かな 

 「別烏」は映像を伴わない抽象的な季語なので、使いこなすのが難しいのですが、果
敢に挑戦されたと思います。結果は・・・、やはり難しい季語ですね。

132 糸瓜垂る前も隣も寡婦の家 

 上五の季語と、中七下五が、あまり響きあっていないように思いました。

133 児等染めし藍のハンカチキャンプ場 

 ハンカチとキャンプの季重なりで、藍染めのハンカチがキャンプ場とどう関係してい
るのかがよくわかりませんでした。

134 夕餉あと火星涼しき二階窓 

奥山ひろ子氏評−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

 高層ビルや山の上などではなく、「二階窓」から眺めている点が、日常句として面白
みがあります。また「夕餉あと」の時の表現も普段の生活感を色濃く表現しています。
そんな中に「火星」という、未知の天体の存在がまさに〈光って〉いると思います。謎
が多い魅惑の星に思いを馳せている作者の姿そのものに詩を感じました。

渡辺慢房評−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

 この夏は、火星が良く見えていますね。上五と下五が名詞で、上五と下五を入れ替え
ても句が成り立つ三段切れの句を「観音開き」などと言いますが、それに該当しますね。
「観音開き」の詳しい説明は割愛しますが、ご興味があれば連句のことを調べてみてください。

135 香煙の緩び解くる今朝の秋 

 季語をうまく離して使われている点が良いですね。中七の描写が、「香煙」と言えば
見えてくる景である点が惜しいと思いました。

136 地蔵盆雀小枝を玩び 

 この句も、季語の離し具合が巧みです。雀の様子が、子供が主役の地蔵盆と響きあっ
ていますね。

137 しょうめいの八・六 八・九 八・一五 

 かなり冒険的な句と思いましたが、奇数月の講評を担当されている国枝氏より情報を
戴き、自分でも調べてみたところ、以下のような短歌・俳句があることがわかりました。

八月や六日九日十五日
https://www.sankei.com/column/news/170815/clm1708150002-n1.html

六二三、八六八九八一五、五三(ごさん)に繋げ 我ら今生く
http://yamada.21jp.com/oyaji-267.htm

 類想句と比較して講評する失礼をお許しいただきたいのですが、「八月や六日九日十
五日」は、はっきりした季語の上に、重要な日付を畳みかけており、今年も八月が巡っ
て来たという深い感慨が込められています。 短歌は、その音数を生かして、短歌らし
く作者の感慨・主張を述べています。

 これらと見比べてしまうと、もともとが重いテーマなだけに、季語のあいまいさ、
「しょうめいの」の意味するところ等々、甘さを感じざるを得ませんでした。

138 乳房揺るるサンバ サルビア咲き乱れ 

 独創性を感じました。「乳房」という生々しい言葉のインパクトを、好意的に捉える
か否かで評価が分かれると思いますが、上五の字余りは解消したいですね。

139 血圧計巻く二の腕や秋暑し 

 身の回りのささやかなことにも季節を感じようという姿勢が見えます。「巻く」と
「暑し」に、やや理屈を感じてしまうのは、穿ち過ぎでしょうか?

140 終戦の日の嬰児の大欠伸 

 忘れられない、忘れてはならない日ですが、長い時間が過ぎたことも事実です。子供
の安らかな日常に、改めて想いを巡らしているのですね。「終戦の日や」と切ると、ま
た感慨が深まると思います。


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